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傳左衛門日記 アーカイブ

2007年10月09日

傳左衛門日記 10月8日

三響會版「一角仙人」の作調ができた。
近頃進んでJ-POPなどすっかり聴かないが、それでもTV等から時折流れ来る曲は詩もメロディも意味不明で、とても口ずさむ事など出来ない。この潮流は我々の邦楽界でも同じである。
しかし、「一角仙人」作曲の苫舟(藤間勘十郎)氏は本当にオーソドックスな、江戸期の曲と言っても通用する作品に仕上げる。
彼は囃子との合奏、舞踊にしたときの兼ね合い等、総合芸術としての"法則"を知っている。
勘十郎氏の振り付けに傳次郎の演出で、この音楽がどんな風に仕上がるのか、実に楽しみである。

2007年11月01日

傳左衛門日記 10月29日・名古屋

玉三郎舞踊公演の舞台稽古日。名古屋駅で偶々玉三郎丈本人に出会う。十二月歌舞伎座の新作『紅葉狩』の構成を伺いながら劇場に移動。
今回の演目は「阿国歌舞伎夢華」「鷺娘」の二本立て。「阿国」は三年前に作調した作品である。常の舞踊公演は丈のみだが、「阿国」は猿之助丈一門が多数出演しているので、楽屋も賑やか。御一門とは殆ど接点が無いのだが。傳次郎が彼等と大変に懇意にしている所為か、私も心易く接することが出来る。
今回傳次郎は同行していない。"初演"というのはその後の手本になるのだが、初演以来ずっと傳次郎の太鼓の流れで曲が乗っかる部分も有ったので、数ヶ所合わない。今回の方もよい勘をお持ちなので、スグに合わせてきたが。
舞台稽古も終わり、宿に荷物を置き、街へ。一人で食べられる店は実に限られている。焼肉屋などは絶対に行かれない。結局デパートの中華を食べ、珈琲を歃り部屋に引き籠もる。

傳左衛門日記 10月30日・名古屋

玉三郎舞踊公演初日。前夜何故か思索に耽けり、全く一睡も出来ず。早暁マリオットホテルで朝食。全国ツアーの愉しみの一つは各地の空気と宿、そして食に在る。此のホテルの朝食は種類も豊富で、天井も高く開放感に満ちている。快適な時間であった。
今回「鷺娘」が出ている。十五年前に玉三郎丈に抜擢していただき立鼓になったが、その同じ年に演奏して以来、既に三百数十回は演奏している。丈は五百回は越えた、と仰っているので、若輩の身乍ら半分以上は演奏させて頂いている事になる。
そもそも丈は決して二回公演をなさらない。以前坂田藤十郎丈に「曽根崎」の回数について伺ったら、”回数なんて二回公演を続ければ幾らでも稼げる。重要なのは如何に見物に支持をされているかだ”という金言を頂戴したが、演奏すればする程、洋の東西を問わず、何故玉三郎丈の「鷺娘」が斯様に愛されるのかが解る。完璧な照明、美術、不肖乍ら音楽、玉三郎丈そして後見、どのセクションのクオリティーが落ちてもあの世界観は成立しない。以前NYでMET(メトロポリタノペラハウス)の売店で、オペラやバレエに交じって玉三郎舞踊全集の英語版DVDが売られているのに驚き、誇りに思った。
一人を以て国興る。芸は一代。古来様々な言葉があるが、このような事か。
帰京後、家内と赤坂しゃぶ玄に。オーナーの息子が傳次郎と同級生という縁だが、偶々前日に両親、広忠、傳次郎家が来店したそうだ。食べたい物まで似るのか(笑)

2007年11月07日

傳左衛門日記 11月1日・下関

今日は仕込のみで公演は無い。朝から電車を乗継ぎ、山口に向かう。東京生まれの身には一両の単線が新鮮である。
自体列車の旅は愉しい思い出に満ち溢れている。原点は幼稚園の年長の頃。父の会が福岡で催された時、一家で当時のブルートレインに乗った事である。三つのベッドの上段に父、もう片方の上段に母と弟、下段に兄と二人が枕を並べて寝た。考えられない。そんなに小さかったのか。あの時も下関に降り立ち電車を乗換えた。関門トンネルを通過したときはいたく感動したものだ。成長し、電車に乗ることが単なる"移動"になったとき"旅"の感動は止まった。
さて、山口へ行く唯一の目的は臨済宗の古刹・常栄寺を訪れる事である。祖父十一世傳左衛門は実に信心深く、様々な御寺の住職や老師と親交が有ったが、画聖雪舟作の庭園が名高い當山は特に懇意で小さいころ祖父宅に老師や雲水が泊まりに来ていた事を思い出す。私は別段面識もないので寺にも特に名乗らず、一人で雪舟の世界を堪能した。
下関に戻り、夜は私社中の皆と会食。河豚や関鰺等の海の幸に舌鼓を打つ。それにしても皆良く飲む。

2007年11月08日

傳左衛門日記 11月4日・下関、京都

下関公演最終日。新幹線の時間の関係で、終演後は相当急がねばらならい。普段大変にグズだが、こういう時に不思議と力を発揮する。せっかちな亀井家の血か。次の公演場所は金沢だが、スタッフさん達全員の乗継の問題が有るそうで、泊まりは途中の京都である。
日曜の夜の京都は暗く人通りもなく、食べる場所がない。本来はこういう姿であろうし、あるべきだ。大体京都はいつも人が多過ぎる。十一月は紅葉シーズンとやらで特に混む。熱狂的に全国から人が来、未だ蒼々とした紅葉を観、それでも感動して帰る。最近は温暖化で、顔見世が始まる月末から十二月に入らないと真の紅葉は愉しむ事は出来ない。今年は来られないが、顔見世に出演するもう一つの喜びでもある。広忠氏日記に登場する武田誠氏の居るルプーという祇園のバーに行き、晩飯を頼む。

2007年11月09日

傳左衛門日記 11月5日・京都、金沢

今月は玉三郎舞踊巡業と、市川段四郎、亀治郎両丈を中心とした松竹大歌舞伎という二つのグループが全国を廻っている。丁度京都でもう片方の連中が公演しているので、顔を出してくる。こちらは大変ハードな移動と公演スケジュールで、今日休演日なのが申し訳無く思う。亀治郎丈も梅枝君もうちの皆も殊の外元気で、活気に充ちている。いいチームだ。
夜は京都ブライトンホテルの鉄板焼きを愉しみ、サンダーバード号で金沢に移動。

2007年11月12日

傳左衛門日記 11月7日・札幌

移動日、小松から新千歳に飛ぶ。気温差約10℃、頭痛がする。札幌へのバス、車窓からの景色に市川弘太郎君が声を弾ませる。それにしても猿之助丈一門皆個性が強い。笑三郎丈は物静か、猿弥丈は話しだすと止まらない。段治郎、春猿両丈は混み合うことを考え二人席に並んで座り、他の連中に配慮。この両丈常に折り目正しく、スター特有の傲慢さは微塵もない。只々感心。
JRタワー日航ホテルは便利で快適。早くに着いたので館内の大浴場で汗を流す。夜はすすきの”菊鮨”。北海道にも父のお弟子さんが大勢いらっしゃるお蔭で小さい頃から度々札幌を訪れている。就中楽しみは、此処での食事だった。今では自分で来られるようになったが、食後の支払いの度に当時の父の苦労を思い感謝、無論自分で来られる様に”してくれた”事にも感謝。子を授かり、連れて来る時が有れば尚一層思うだろう。

2007年11月20日

傳左衛門日記 11月8日・札幌

何の迷いもなく、札幌で必ず歌舞伎公演が催されるホールに向かう。普通に挨拶して楽屋に入るが、名札を見たら”クレージーケンバンド”、海上を間違えた。警備員「珍しく歌舞伎は斜向かいですよ」親切に教えられ、表に出る。すでにコートにマフラー、手袋が要る程で、たった一ブロックなのに耳が凍るようだ。
いつも乍ら丈の舞踊公演は他の巡業とは明らかに客層が違う。全ステージ必ずカーテンコールになって、”Bravo!!"と声がかかる歌舞伎役者など他にはいない。流石"世界の"玉三郎。

2007年11月21日

傳左衛門日記 11月11日・奈良

朝七時、朝焼けの京都から奈良の壺坂寺へ。予て親しくさせていただいている御縁で、新仏の開眼供養の奏納演奏をするのだが、この印度より渡来の新仏の巨大さに圧倒される。笛と小鼓のみで"獅子"。脇侍に計らずも巨大な文殊菩薩がおわし、曲目との合致に驚く。生憎の曇天どころか一ト村雨来そうな空、式典開始前に晴天となる。導師の東大寺の大老師が祖父十一世を御存じとの事承り、これも奇縁。

2007年11月22日

傳左衛門日記 11月12日

ここ数年母校学習院大の"日本の伝統芸能"という講義に呼ばれている。年に一度の目白、来る度に駅の周囲や学内も綺麗になり、学生たちもより若く感じる。浅学の上準備不足で毎度申し訳なく思うが、学生諸君とコーディネーターの先生の反応に上手く乗せられる。百人超の大講義、一年を通して雅楽から歌舞伎、落語に至る迄、広く浅く伝統芸能に触れられる。今回は敢えて専門的な話でなく、ひたすら今年のパリ公演と、NY公演について話す。狭い日本の狭い伝芸が広い世界に出た時に向こう側とこちら側、双方向からどう見えるか考えてもらいたかった。講義後に数名の学生が寄ってきた。三響會を観てくれたそうだ。中に、家内の宝塚歌劇団の後輩だという嬢がいて驚く。彼女は退団後この大学に入り、この講義を選択した。向学心のある人は実に良い表情をしている。
講義後、少し構内を歩く。数年後取り壊すらしいピラミッド校舎の写メールを撮り、同級生に送信。学習院生にとってこのピラミッドの形をした妙な建築物は、東大の安田、早稲田の大隈に並ぶような象徴である。無くなるのは悲しい。

2008年02月12日

傳左衛門日記 2月2日

久々の更新。三人寄れば人任せ。僕のは旅日記と勝手に考える。

今日一日だけ博多座にきた。「高坏」を客席から見るのは初めてで妙な感じ。当代中村屋に毎回実に勉強させていただいているが、今月の勘太郎丈はその風格、間、癖、よく映しながら自分の物にしている。継承された。
合い間に傳次郎と「高玉」で寿司を食べもう一本「蜘蛛絲」。亀治郎版初演を作調したのだが、更にパワーアップしている。幕切れて万雷の拍手鳴り止まず。急遽カーテンコール。お客様は正直だ。帰り際、各丈共、海老様に宜しく!と。気になる人なのだろう。
福岡は毎度グランド・ハイアット。特にリクエストせずとも毎回同じ部屋。同じしつらえが有難い。夜も寿司。

2008年02月13日

傳左衛門日記 2月3日

東京の大雪の影響がこんな遠くにも。到着機遅れで、大阪行きの便も一時間以上遅れ。待ち時間で岳父に「須弥山」の明太子を送る。粒がはっきりしていて好きだ。
大阪着、楽屋作り。

2008年02月14日

傳左衛門日記 2月4日

朝一からホテルのジムで一時間黙々と自転車をこぐ。別段ダイエットの意思はないが、只気持ち良いし非常に調子が良い。
楽屋で海老蔵丈に博多からの伝言を伝える。博多の熱狂を話すと発奮。彼程の人物でも同世代は気になるのか。舞台稽古の「二人道成寺」の「押戻」は正当な成田屋の"十八番"を見せつけた。

2008年02月16日

傳左衛門日記 2月5日

朝、御堂筋線。毎朝お世話になる喫茶店へ。松竹座開場の年に友人のミュージカル俳優岡幸二郎氏に連れて行ってもらって以来、大阪公演の時は毎朝通う。早や十一年。色々献立を考えてくれるママさんの情に毎度感謝。
終演後に、偶々朝食時にお知り合いになった土居裕子さんの舞台を拝見しにシアタードラマシティへ。ストーリーや演出も勿論的だが、何より土居さんの歌声にすっかり魅了された。場内で家内の先輩と同期に偶々お目にかかる。後輩の雪組生十名程に"皆さん、旦那さんですよ~"と紹介され、かなり照れる。帰路、土居さんのCDを探しにタワーレコードへ。

2008年03月17日

傳左衛門日記 3月11日

今月の歌舞伎座では昼の部の序幕「春の寿」を演奏している。"三段返し”という三本の舞踊を一幕で上演する形式で、曲も長唄、義太夫、長唄と変化する。その打ち分けも中々難しいのだが、難しい事が好きな捻くれた性分のお蔭で、日々楽しく演奏している。
今月は珍しく、というか久々に傳次郎と同じ舞台で演奏している。三響會を御贔屓の方々は不思議なコメントに思われるかも知れないが。
近年の歌舞伎人気で全国の劇場で歌舞伎が上演されるので、私と傳次郎はそれぞれの劇場に別れ、演奏を取りまとめている。お蔭で同じ舞台に出る機会が激減している。歌舞伎や伝統邦楽が評価されている証なので大変に嬉しく有難いのだが、手前味噌乍らやはり私の小鼓と傳次郎の太鼓が揃うと、実に演奏全体をまとめやすい。今年は少なくとも秋までは歌舞伎の本公演で組む機会は無い。"獅子虎傳"と同様に今月の歌舞伎座昼の部もぜひご覧頂きたい。

2008年03月18日

傳左衛門日記 3月15日

旅は趣味の一つである。仕事でもプライベートでも楽しい。ヨーロッパ就くロンドンには既に二十回程行き、毎度バレエやオペラ、芝居に音楽と様々な舞台芸術を満喫している。言語も殆んど不自由しない。
そんな僕を悩ませる唯一の敵、それは荷造りである。荷物を出すと先ず片付けが始まり、懐かしい本や原稿が出てくると読み始め、手附(譜面の事)が出てくれば整理し書き始め、音源が出てくれば聴き始め、じきにお茶を飲み始め面倒になり…と、とにかく集中力が持続しない。舞台の集中力とは全く別物だ(笑)
去年は團十郎さん親子のパリ・オペラ座と勘三郎さんのNY平成中村座と二度の海外公演に行った。海外公演の荷物は殆ど船便で先に送る。再来月勘三郎さんの海外公演に行くが、その荷出し期限が二日後に迫っている。にもかかわらず、現在茶を飲みマーラーを聴きながらブログ原稿を書いている。ま、パッキングの早さと荷物の少なさと、最後の追い込みはだれにも負けない(笑)いつか三響會も海外公演をしてみたいものだ。

2008年03月25日

傳左衛門日記 3月24日

久々に兄弟三人で演奏した。去年の三響會以来か。四月日生劇場、市川亀治郎さん主演の舞台「風林火山」の録音。我々は個性の違いを旨としている。別に”わざと”違えようというのではなく、各々の信じる道を只々淡々と歩んでいる。だが、一度演奏を始めると途端にバランスを保ち、重心を取りつつ一丸となって進む。今回も基本的な話し以外、押す所引く所、ガンガン攻める所守る所、瞬時に意思を疎通させる即興的な勢いを大事にした。指揮者不在の邦楽は文字通り"呼吸"の芸術である。ジャンルは違えど、同じ家に育ち同じ師に教わり、同じ"呼吸"をして来たんだと改めて思う。
来月「風林火山」をご覧になるなら、少し耳を傾けると、より様々な世界が広がるはずである。無論まずは二十七日の「獅子虎傳」をご覧いただき、我々の”呼吸”の秘密を探っていただきたい。

2008年04月04日

傳左衛門日記 3月27日

「獅子虎傳」公演。同世代の気の合った仲間がゲストに来て下さるのは毎度刺激的だ。今回は同じ年、月生まれの舞踊家尾上青楓、狂言の茂山逸平・童司、歌舞伎の中村梅枝の各氏。特に、小学校の頃から稽古に来ている梅枝さんが、こうやって僕らの仲間に入るようになったのが実に感慨深い。公演も楽屋ノリのゆるいトークと、真剣"勝負"の舞台のギャップがよく出ていたと思う。特に英哲風雲の会の皆さんの真剣さに皆刺激を受けた。
昼夜公演の間がかなり長かったので、広忠さんの誘いで出演者で食事に行く。
「何処に行くの?」「ギョーザ」何故ギョーザ…。
しかも広忠さんは本当に際限無く注文する。未だ夜公演有るんだけど、ね??
終演後”当然”深夜迄打ち上げ。

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2008年05月06日

傳左衛門日記 4月28日

三響會南座公演の記者取材会のため京都へ。
我ら三兄弟の性格の相違は自他ともに認めるところだが、私は二時間前に京都入りして近くの古道具屋で時間をつぶし、傳次郎は三十分前の丁度良い頃合い、広忠さんはギリギリで、南座のスタッフさんを慌てさせた。
去年は関西初演と鷹揚にご覧いただいた方もいらしたと思うが、今回は通用しない。今回こそ我々の勝負になる。それに相応しいプログラムを組み、出演者にもご協力いただく事が出来た。あとはそれを如何に大勢の皆様に知っていただくか、実に重要な取材会である。常にも増して熱っぽく、若き主張をぶつけていった。
終了後は解散。昔からよく行く、仁和寺門前の仏風京懐石「左近」へ立ち寄って帰京。

2008年05月08日

傳左衛門日記 4月29日

ベルリン公演稽古。再演を重ねている"夏祭浪花鑑"だが、今回は世界的な和太鼓奏者の林英哲さんの弟子で、3月に行われた世田谷パブリックシアターの"獅子虎傳阿吽堂"にも参加した上田秀一郎さんに加わってもらっている。勘三郎さんに英哲さんの曲を聴いて頂きお願いし、強引にプロデューサーに仰っていただいた。僕と勘三郎さんのイメージでは、既にシーンと音が合っていた。失敗するはずがない。
稽古開始前、皆さんへの紹介がてら、上田さんにソロを演奏してもらった。皆度肝を抜かれ、僕はしてやったり。
今回の音は相当良くできたと自画自賛。コクーン、松本もお楽しみに!

2008年05月09日

傳左衛門日記 5月9日

今からベルリンに行ってきます!
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2008年05月21日

傳左衛門日記 5月20日

既に伯林公演の盛況ぶりが日本にも伝わっている模様。今迄の「夏祭浪花鑑」とは全く違う物になった。
最大の違いは和太鼓の上田秀一郎君の演奏がよく填まってくれた事。
林英哲さんに、家元に全て預けるのでお願いしますと言われた手前、又彼をブッキングした僕の面子も有る。無責任な事はさせられない。
立ち回りには彼のソロを多用した。前に中村屋に聴かせた英哲さん作の「三つ舞」のウ゛ァリエーションと大太鼓ソロ。大太鼓は元々考えていたが、スペースの問題で諦めていたのを、勘三郎さんの熱望により、スタッフの方々が工夫してクリアしていただく事が出来た。
上田君も歌舞伎という慣れない環境の中、実に素晴らしい演奏をしてくれている。
今回は上田君と田中社中との合奏も有るため、開演前に毎日練習をしている。皆上手く打ち解け、刺激され、良いチームになってきた。
三響會の為、ルーマニア公演には参加しないが、安心して彼等に任せる事が出来そうだ。
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2008年05月22日

傳左衛門日記 5月22日

素晴らしい公演だった。ドイツ人は音楽が身近に有るので耳が肥えているし、ちゃんと音楽家を讃える土壌が有るからとの勘三郎さんのお言葉で、今回は音楽家全員、連日カーテンコールで盛大に讃えていただいた。千穐楽は感動して涙が出そうになった。残念ながら日本での歌舞伎公演では味わった事は無い。勘三郎さんや玉三郎さんは、心から音楽家を大事に思ってくれるので、本当に勤め甲斐がある。
囃子チーム皆で打ち上げをし、興奮したまま荷造りに入り朝を迎え、寝坊が怖いので散歩に出た。
宿泊は旧東ベルリン地区。統一ドイツの首都になって十数年だが、明らかに東西の街並が違う。東地区は工事中の建物も目立つ。昼過ぎの便でミュンヘンで乗り換えて日本へ。いよいよ三響會モードに突入する。
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2008年06月03日

傳左衛門日記 5月29日

今回の三響會は我々の正念場であったが、各演目が終わった後、就く夜の部の最後の歌舞伎の「安達原」の後の拍手の凄さ。今までの三響會の姿勢通り、素晴らしい出演者達と共に丁寧に創れば、京都のような厳しい眼を持った御見物にもフェアに評価していただけるのが判り、今後の作品創りの良い糧となった。

2008年06月04日

傳左衛門日記 5月30日

朝迎えの車。又成田に向かう。先週伯林から帰ったばかりだが、今回は倫敦。
15歳で玉三郎さんと勘三郎さんの公演に連れて頂いてハマり、以来20回近く行っているが、ウ゛ァージンアトランティック航空は初めて。
噂以上の快適さ。ご飯は大変に美味しいし、客室乗務員の方々の対応が素晴らしい。第一皆美人だ(笑)
到着後又ハイヤーに乗り、Hampsteadの友人宅へ。
Andrewさんとは去年の巴里公演以来お目にかかる。典型的な上流階級の綺麗な発音で、実に解りやすい。
街を歩き、時差を調整する。
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2008年06月05日

傳左衛門日記 5月31日

昨日渡英の理由を書いていなかった。
今回も勿論仕事だが、歌舞伎公演に関するものでは無い。
SOHO THEATREという小劇場で野田秀樹さん演出の「DIVER」という芝居の音を創れと野田さんから承った。昨夏のワークショップでは、僕が普段演奏している大太鼓の自然描写や鐘の音、勿論小鼓などを普段通りに演奏し、英国人俳優の演技に合わせ、又彼等が合わせるという作業をした。
地図を片手に稽古場へ。皆僕の到着を熱望していたと野田さんに伺っていたが、就くキャサリン・ハンターさんは誰よりお待ちかねで、熱烈な歓迎を受けた。今回も普段通りの超ド古典でという縛りも頂戴した。そこまでハードルを上げられたらやるしか無い(笑)
稽古後PUBで野田さんに麦酒を一杯ご馳走になってから、ロイヤルオペラハウスに行き「ロミオ&ジュリエット」を観る。有名なバルコニーのパドドゥが有る一幕目はともかく、中盤以降はストーリーを追うだけになる感が否めない。でもジュリエット役は可愛くて上手いし、マクミランの振付が芝居がかっていて如何にもロイヤルという風で、バレエファンとしてそこそこ楽しむ事が出来た。
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2008年06月06日

傳左衛門日記 6月1日

日曜日にはまず稽古をしないのが鉄則とは英国らしい。月月火水木金金の我が国、就く歌舞伎界では考えられない。
だが時間の制約の有る今回はそんな悠長な事は言っていられず、昼間に制作助手の人に来てもらい台本の変更部分と今迄の稽古の流れを解説して貰った。
後は又街歩き。革靴が痛い。スニーカー履けば良かった。
野田さんから電話。タイ料理をご馳走になる。実に美味しかったし、楽しかった。
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2008年06月07日

傳左衛門日記 6月4日

稽古が朝10時から18時迄みっちりなんて日本だったら帰ってるところだが、楽しくて長さを感じない。
野田さん、キャサリンさん始め、キャスト皆さんの身体能力の高さには毎日驚くばかり。音を出しても、その反応の早さ、理解度、そしてリスペクトは、今迄殆ど経験した事が無い。古典の囃子にだって国境は無いんだという良い証明になった。
稽古後野田さんにYoung Vicでのブレヒトの「セツアンの善人」を観に連れて行っていただいた。野田さんの「BEE」の美術担当の方の美術だそうだが、度肝を抜かれた。芝居は些かtoo muchか。
終演後は中華に行く。この三日間毎日ご馳走になっている。何だか申し訳ない。
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傳左衛門日記 6月4日

稽古が朝10時から18時迄みっちりなんて日本だったら帰ってるところだが、楽しくて長さを感じない。
野田さん、キャサリンさん始め、キャスト皆さんの身体能力の高さには毎日驚くばかり。音を出しても、その反応の早さ、理解度、そしてリスペクトは、今迄殆ど経験した事が無い。古典の囃子にだって国境は無いんだという良い証明になった。
稽古後野田さんにYoung Vicでのブレヒトの「セツアンの善人」を観に連れて行っていただいた。野田さんの「BEE」の美術担当の方の美術だそうだが、度肝を抜かれた。芝居は些かtoo muchか。
終演後は中華に行く。この三日間毎日ご馳走になっている。何だか申し訳ない。
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2008年06月23日

傳左衛門日記 6月22日

またまた成田。今月二度目のLONDON行きで、今回は三泊五日のスケジュールである。
今回の目的は、野田秀樹さんと逢って明日プレスナイトを迎える僕の作調作品「DIVER」を観る事、そして何より8月歌舞伎座「愛陀姫」の音楽打合せである。15日迄に録音は済ませた。ネタバレするので多くは語らないが、演奏家や音響技師達の素晴らしい仕事振りを、僕の音楽コンセプトと共にもう少ししたらひたすら語るつもりだ。
写真のスーツケースは長年愛用のグローブトロッターのミニトローリーで、世界中同行している。良い鞄は旅の友。ステッカーを眺める度に旅の思い出が蘇る。
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2008年06月24日

傳左衛門日記 6月22日(英国時間)

今回のフライトはいつものANA。やはり慣れた食事とサービスは良い。全く時間を感じなかった。
又もやHEATHROW空港に降り立つ。地下鉄といい、この街独特の埃臭さは何処から来るんだろうか…
今日はサッカーの欧州選手権イタリア対スペインで、中継しているPUBというPUBは大混雑だ。ENGLANDは残念ながら本戦に出場出来なかったが、出場していたらこんな騒ぎでは済まない…身の安全と街の治安の為には良かった(笑)
それにしても実に気候がよい。からっとしていて、気温も夕方以降は半袖では些か肌寒い程だ。夜22時を過ぎても明るく、滞在先のFLATに帰るのも怖くない。
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2008年06月25日

傳左衛門日記 6月23日

朝から頭が重い…完全な時差ボケだ。COVENT GARDEN近辺で適当なブランチを済ませSOHO THEATREに入る。
今日は「DIVER」のPRESS NIGHT。今日の劇評で明日以降の入りと今後の評価が決まる。
COMPANYが皆ピリピリしている。野田さんは誰とも口をきかず、台本に集中し、まさに取りつく島もない。反対にキャサリンは驚く程のハイテンション。片や「野田秀樹」、片やウエストエンドで引く手あまたのオリヴィエ賞女優、今夜が如何に重大かを本当に知り尽くしているからこそ緊張するんだなと改めて感じた。
初日過ぎてTICKETが動くウエストエンドでは珍しく、プレビュー期間中に相当売れたらしい。プレビューを観た客の口コミだそうだ。
初日の芝居が始まる。稽古を何度も観ているが、やはり本番のテンションは違う。STAFFも皆さん本当に素晴らしく、こんなCOMPANYに参加出来た事を嬉しく思う。
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2008年06月26日

傳左衛門日記 6月24日

昨日の初日を済ませ、今日は僕も、誰より野田さんもやっと八月歌舞伎座「愛陀姫」の打合せをする気になった。
この前の録音を聞かせる。少し音を聞いて直ぐにIMAGEが沸いてくる様は、流石は「野田秀樹」。凄い人だ。
音は全てOKどころか大絶賛していただいた。僕らKABUKI「AIDA」ORCHESTRAのMEMBERの苦労が少し報われた感じだ。
終演後は野田さん達と大使館の方絶賛の海老雲呑スープを食べる。おかわりする程美味しかった。

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2008年06月27日

傳左衛門日記 6月25日

帰国日。飛行機は夜なので、昼間は友人と、その友人のROYAL ACADEMY OF MUSICの講師とやらいう御仁と、その斜向かいに有る何とか大学の学生とLUNCHをする。彼等は、日本の古典邦楽の譜面に書けない口伝だらけの音楽論と、その為の徒弟(書生)制度による教育論に興味が有るそうだ。
この時期のEUROPEはムール貝が実に美味しい。SIMPLEな白ワイン蒸しを頼んだが、友人がめいめいに1POTも頼んだのには驚いた。彼らはその上山のようなポテトを頬張り、ジュースのようにワインをあおる。考えられない…
慌しいLONDON滞在だったが、たった三日でも日本の梅雨の湿気から逃れる事が出来たのは嬉しい。又明日から、あのうんざりする湿気と、それから訪れる暑い夏との格闘だ…あと一時間と少しで又々機上の旅人になる。
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2008年06月30日

傳左衛門日記 6月29日

基本的に音楽を聴くのが好きである。定期的に様々なジャンルに走ったり、一切聴かない「音抜き」生活になったりだが、クラシックは変わらず聴いている。といっても特定の贔屓が有る訳でなく、幅広く聴いている。
LONDONで友人等とムール貝を食した事は書いたと思うが、その時に一人の日本人女性ピアニストの話題が出た。お名前はMs.Yurie Miura。ROYAL ACADEMY OF MUSICの院生で、5月頭に学内でやったCONCERTが実に良かったとの事。ACADEMYのサマースケジュールの写真を観たら、凄く綺麗で二度驚いた(笑)
とにかく、友人がそこまで言うなら、音を聴いてみたい。こういった二物を持っている人が出てくるクラシック界は、やはり広い…。

2008年07月08日

傳左衛門日記 7月6日

今日、松本公演終了後、皆で頑張った八月歌舞伎座「野田版愛陀姫」の音楽を勘三郎さん以下主要キャストとスタッフ皆さんにお聴かせし、音楽コンセプトとLONDONでの野田さんとの打合せの報告をした。
録った音に合わせて勘三郎さん以下皆さん台本を読み始めた。終わった時には皆さん眼が真っ赤で、会議室でスタンディングオベーションで我々演奏家達の仕事を讃えて下さった。
毎度古典も新作も命懸けだが、今回は又勝手が違う。ある意味、これ程のめり込んだ仕事は無かった。
LONDONに行っている間に制作発表も行われたようだし、そろそろ可能な範囲で録音作業について紹介しようか、しまいか…悩む。

2008年08月13日

傳左衛門日記 8月9日

歌舞伎座初日を迎えた。
野田秀樹氏からご依頼を頂戴し、最初に愛陀姫の打合せをしたのは四月半ば。NODA MAPの事務所にLONDONの「DIVER」の打合せに行った時に、ちょっと先に愛陀姫をやりたいと仰り、急遽打合せを開始した。
野田さんの音楽コンセプトは、ヴェルディのアイーダの主要ナンバーと、古典っぽい音楽を和楽器で演奏する事であった。僕は大のクラシックオタクである。iPodに入っていたアイーダを聞きながら打合せを進行した。
そもそも和楽器は西洋音階を出しにくい。ことに転調に弱い。スコアを買って改めて分析すると、アイーダは転調だらけである。
そこで、先ずは古典の邦楽界のトップランナーに協力を依頼する事から始めた。特に能管の一噌幸弘さん、ZANというバンドで活躍中の琴の市川慎さんの協力を得られたのは大きい。

2008年08月14日

傳左衛門日記 8月6日

囃子の会は三響會と違い、両親兼師匠の会。又違う責任が有る。
会場は歌舞伎座。この18年余り、多分家より多くの時間を過ごしているホーム中のホーム。全ての事、特に音に関する事は把握しきっている。
そんな所での囃子の会。毎度能狂言、歌舞伎、舞踊の役者や演奏家の第一人者がGUESTで出演する。他ジャンルの出演者の方々に、気持ち良く歌舞伎座で至芸をお見せいただく、ホスト的な役割も有る。三響會以上に舞台上も楽屋も気を抜けなかった。
母佐太郎師の芸は無欲である。淡々と舞台を勤め、後継者を残そういう求道者精神のみを感ずる事が出来る。塵世俗土に塗れた身には常に反省させられ、勉強になる。

2008年08月15日

傳左衛門日記 8月10日

野田さんからの指示は、あくまで歌舞伎座で上演される「歌舞伎」だという事。役者さん達にもオペラのDVD等を必要以上に観ないようにお達しが出た。
その為には原曲をなぞりつつ、テイストを変える必要がある。歌唱でなく台詞に乗せるように速度も変更する必要がある。西洋音階と歌舞伎の台詞は基本的に合わない。ただ、和楽器はどんな一流の奏者でも、楽器自体が持つ音階のブレが有る。その点はクリア出来そうだ。原曲と違うという意見が必ず出てくるはずだが、原曲を聞きたければオペラを観れば良い。我々は相当熟知した上で変更している。
二つのジャンルの最小公倍数を探る遣り方は、普段の三響會での作品創りと同じ方法での作業である。三響會で能と歌舞伎を摺り合わせるように、伝統邦楽とオペラを擦り合わせていく。

2008年08月18日

傳左衛門日記 8月11日

音楽の構想はベルリンで練っていた。昼の公演前、ブランデンブルグ門の前のスタバのソファーが指定席。LONDONの野田さんとはメールでやり取りを進める。
スコア読みを進めていくうちに、やはり転調の問題に悩んだ。前述の通り、和楽器は転調に弱い。一小節ごとに切ってチューニングし直す必要が出てくる曲もある。特に凱旋行進曲以降は大変な多さだ。邦楽の古典曲を含め、色々な曲を考えねばならない。
本を繰り返し読み込んだ。オペラでは歌唱と音楽が主体であるが、演劇は台詞の意味が伝わらないと意味が無い。野田さんの言葉を聞かせないと意味が無い。オペラ曲は耳がメロディーを追うせいか、台詞が聞き取りにくくなる。
愛陀姫はオペラでは無い。歌舞伎であり演劇である。この芝居で重要なのはオペラ曲ではなく、実は邦楽の古典曲である。
今までの野田歌舞伎を思い起こすと、前半から中盤はずっと古典曲を用い、エンディング曲はクラシックの名曲を邦楽にアレンジしたものを用いていた。研辰は「カウ゛ァレリア・ルスティカーナ間奏曲」、鼠小僧は「ホワイトクリスマス」。今回の野田さんのエンディングの想定は伺っていないが、そんな感じなのだろうか。
本を読むと行列イコール葬送である事に気付く。ピンと閃いたのがマーラー五番第四楽章「アダージェット」。玉三郎さんが出演していらしたモーリス・ベジャール氏のバレエを観て以来、バレエに目覚め、順にクラシック全般、オペラと幅広く興味を持っていった。残念ながらジョルジュ・ドンの「アダージェット」を生で観る機会は無かったが、ジル・ロマンの「アダージェット」を観てからドンの「アダージェット」をビデオで観て、ずっと大好きだった曲である。曲を聞きながら台本を読んだら、実に合う。
ベルリンの劇場の楽屋で勘三郎さんにラストシーンの濃姫、愛陀姫、駄目助左衛門の本読みをしていただき時間を逆算した。基本的に邦楽の古典曲に野田さん指定のオペラ曲を幾つか挿み、エンディングはアダージェット。音楽コンセプトは決定した。野田さんにメールをしたら直ぐにゴーサインが出た。

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2008年08月19日

傳左衛門日記 8月14日

西洋の音楽には沢山の擦絃楽器があり、独特な音圧を出す。対して我が国の擦絃楽器は胡弓のみである。
また笙、篳篥、能管、篠笛、尺八など竹の響きは多いが、金管楽器は無い。
アイーダといえば凱旋行進曲のトランペット。野田さんは当初から法螺貝等日本的な物で無く、トランペットを使用する方向で考えていた。歌舞伎座でファンファーレも面白かろうと直ぐに同意。テイストは過去の野田歌舞伎と同じく箏曲中心だが、音程が不安定な胡弓でなく、ヴァイオリンを使用する事にした。
編成は早々と決めていた。傳次郎氏にブッキングを頼み、三味線の今藤長龍郎氏、篠笛の福原友裕各氏とどの楽器がどのPARTを担当するか決定していく。ベルリン、南座三響會、LONDONと不在続きだったので、このご両人で殆ど編曲作業を進行して下さり、大変に有難かった。餅屋は餅屋。実際に演奏する皆で演奏出来るPARTを選択し、研究し練習するに限る。
が、芝居のなかでヴェルディからの移植曲が多いと、結局言葉の邪魔になる。オペラ曲は耳に付きやすく、野田さんの台本の言葉の面白さや深さと喧嘩してしまう。
そこで古典音階のオリジナル曲を各楽器で補曲していく。市川慎さんの濃姫のテーマの十七絃ソロ、長龍郎さんの偽祈祷師のテーマ、琵琶の桜井さんと尺八の松崎さんには、合戦のテーマや祈祷師のテーマで、武満徹氏宜しくBATTLEをしていただいた。歌舞伎にもよく合う。
録音を進行する上で一つ問題は、制作側の都合上、各楽器一名の音楽家しかお願いする事が出来なかった事。通常少ない人数で音の厚みを出すためには、先ずベースを録り、和音や不足分を繰り返し重録していくのがBESTだが、野田さんから、生っぽい感じでというご注文が入った。
つまり重ね録りの小細工は出来ない。いるだけの人数で各楽器一斉合奏一発録りという事になった。

2008年08月21日

傳左衛門日記 8月18日

6月中旬。LONDONから帰った二日後、素晴らしい音楽家達との録音作業は長く辛くも楽しい時間であった。特に能管の一噌幸弘さんはバッハ等クラシックもレパートリーとされているだけに、初見演奏にもかかわらず素晴らしい対応を見せて下さった。凱旋行進曲とアダージェットは氏の超絶技巧抜きでは語れない。弦楽器のみのアダージェットを竹管楽器が多い和楽器に翻訳するのは一抹の不安が有ったが、一噌氏と篠笛の福原友裕氏、尺八の松崎