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   <title>傳左衛門日記　11月17日</title>
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   <published>2008-11-22T09:00:52Z</published>
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   <summary>朝から母校学習院大学での講義。 初等科から学習院なので、学習院以外の学校は知らな...</summary>
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      <![CDATA[朝から母校学習院大学での講義。
初等科から学習院なので、学習院以外の学校は知らない。中・高・大と、新たに入ってきた友人を通じて外部を知るのみである。ぎすぎすしていないこの校風が大好きだ。
高等科一年の時に一ヶ月間、玉三郎さん勘三郎さんのLONDON公演に参加させていただき、立鼓に抜擢していただいたのは高等科二年の時である。大学は余りに多忙過ぎて二年で中退した。学業との二足の草鞋を履いていたあの頃が最も大変だった。
さて、学習院にはある名物校舎が有る。ピラミッド型の大講堂、通称"ピラ校"。今年取り壊されると聞いたのだが、実際に取り壊され、工事の柵に囲まれた風景を見るのは、本当に淋しい。
周りをそぞろ歩くと、取り壊されたピラ校のてっぺんが資材と共に放置されていた。将来はモニュメント的に保存するのであろうが、今はただぽつねんと。長年の友の変わり果てた姿を見たようなショックを受け、テンションが一気に下がった。
講義は毎年歌舞伎囃子についてとお題を与えられているが、専門的な話を長々するのも如何なので、広く歌舞伎について話をする。テンションが下がったまま講義に突入したし、結構な人数の大講義だったが私語も無く、中途退席もいなかった。今時の大学生は素晴らしい。
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   <title>傳左衛門日記 11月16日</title>
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   <published>2008-11-21T09:00:34Z</published>
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   <summary>十日間続いた玉三郎さんの八千代座舞踊公演千穐楽。 こちらに来る度に、主催の八千代...</summary>
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      <![CDATA[十日間続いた玉三郎さんの八千代座舞踊公演千穐楽。
こちらに来る度に、主催の八千代座倶楽部の方々をはじめ、熊本の山鹿という街を挙げて公演を盛り上げようという人情味溢れるもてなしを受ける。
旅館は朝晩毎日地元の食材を生かした献立を工夫して下さるし、昼は八千代座倶楽部の皆さんがおにぎりや味噌汁等炊き出しをして下さったり、近所の喫茶店のお姉さんがおにぎりを差し入れして下さったり、……。
温泉がまた素晴らしい。舞台で汗を出し、温泉で汗を流し、まさにスローライフである。
お客様も素晴らしい。皆さん心の底から楽しんでいらっしゃるし、玉三郎さん以下、板の上の我々もいつも以上に真剣勝負である。
玉三郎さんの一挙一動に万雷の拍手で、カーテンコールは平均四回。通常の歌舞伎公演では有り得ない。
帰京の日はいつも淋しいのと同時に、ここまで人々を魅了してやまない坂東玉三郎という役者の凄さ偉大さを感じる。
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   <title>珠響　（傳次郎日記）</title>
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   <published>2008-11-17T10:00:14Z</published>
   <updated>2008-11-21T09:11:54Z</updated>
   
   <summary>いよいよ明日、18日に『珠響～たまゆら～』が始まります。 なぜ、“始まる”なのか...</summary>
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      いよいよ明日、18日に『珠響～たまゆら～』が始まります。

なぜ、“始まる”なのか。実はこのコンサートは、自分にとって三響會と並ぶもの。10年20年と続けていこうと思っている舞台だからです。

今回の出演者は全員30代！稲本さんと村治さんとはプライベートでも仲良くさせていただいていますし、道山さんと風雲の会（実際は英哲さん）とは兄を通じて三響會や他の舞台でもご一緒させていただく仲です。
きっかけは稲本さんと村治さんと何か一緒にできないか、と盛り上がったこと。折角だから、自分たちの舞台を創ろう！というところからスタートしました。
20代で自分を磨いてきた方ばかりなので、「30代、自身の勝負の場」としてこの企画に全員快諾してくれました！今回セッションは無く、それぞれ自分の曲を持ち寄り演奏します。演奏家が100％の力を出すべく、それぞれの演奏を聴かせ高め合う…まさに“競演”です。

例えば、稲本さんの気合いの入り方は凄いもので、100年前のSTEINWAYを購入し今回の増上寺で披露するそうです。そういえば、我々の鼓も250年～350年前の物ですし、増上寺はそれ自体が歴史的建造物！音楽家のセッションは無くても、空間は現代と歴史のセッションになります！


三響會のコンセプトは能・歌舞伎・狂言を“囃子を通じての融合”です。この10年、「自分たちの20代という時期にどこまで挑戦できるか!?」を考えてきました。古典にこだわること、各ジャンルを尊重すること。そういった思いを、たくさんの出演者・スタッフに支えていただき、今日まで来たのではないか、と思っています。（いま劇場スケジュールや出演者スケジュールがあわないので、三響會の東京公演が中々組めない状態が続いていますが…新作の企画はありますので楽しみにしていて下さい！）

対して、これから“始まる”珠響への演奏家としてのコンセプトは“囃子へのこだわり”です。
先日、「演劇界」という雑誌で高橋睦郎先生から能楽、歌舞伎における「囃子の重要性」について、大変ありがたいお言葉を頂戴しました。
8月の「囃子の会」での両親の演奏の凄さ！最後に家族で演奏できた「獅子」！この思いを珠響という舞台にぶつけ、若き演奏家たちとともに勝負したいと思っております。
      
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   <title>広忠舞台日記　10月8日</title>
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   <published>2008-10-29T05:00:20Z</published>
   <updated>2008-10-29T05:14:01Z</updated>
   
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      午前中喉の調子を診て頂きに通院。昼は国立にて翁の申し合わせ。夜は日比谷シティ薪能二日目、香川靖嗣氏の「殺生石  女体」を勤める。残念ながら天候が怪しかった為、雨天会場である日比谷公会堂にて行う。薪能はやはりその雰囲気が大事な舞台演出効果を生む為、中（雨天会場）で演るのは演者にとってもお客様にとっても非常に残念なことなんです。
      
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   <title>広忠舞台日記　10月7日</title>
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   <published>2008-10-28T05:00:31Z</published>
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   <summary>宝生流宗家継承能。宝生和英新宗家の「翁」で父が大鼓を勤め、その後見に参る。宗家継...</summary>
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      宝生流宗家継承能。宝生和英新宗家の「翁」で父が大鼓を勤め、その後見に参る。宗家継承能はその御流儀の一大事、宝生流総力を上げられての大きな催しであった。 
千歳・武田孝史、笛・一噌庸二、小鼓・幸清次郎、大鼓・亀井忠雄、三番三・山本東次郎という最高位の格式を持つメンバーを従えての和英家元の翁大夫振り、大変に立派であられた！亀井忠雄の揉み出し、見事の一言！切れがあり柔らかく軽やかで力強い。自分が憧れ続ける亀井家のお家芸を久々に聞かせて頂いた。

和英家元のお父様、先代宗家の宝生英照先生には幼少の頃より大変にお世話になった！和英氏の千歳・鷺・烏帽子折の時には必ず小生に御役を与えて頂き、こちらが18歳の頃より毎年宝生会で英照先生のシテでの舞台を勤めさせて頂いた。祖父の亀井俊雄は明治の宝生九郎氏の直弟子、御当代を入れ5代に渡るお付き合いがあることになる。和英宗家とは生きている限り、本当に長いお付き合いになることかと思われる。
翁の後、ジムへ行き一時間ばかり走り、夜は日比谷シティ特設広場にて薪能「恋重荷」を梅若六郎先生のシテにて勤める。 
夜は野村萬斎氏からお誘いを頂き、観世元伯氏や宝生流の辰巳満次郎氏らと神楽坂で飲む。  

      
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   <title>広忠舞台日記　10月6日</title>
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   <published>2008-10-27T05:00:57Z</published>
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   <summary>朝から松濤にて申し合わせ、午後は東京のお弟子さんの稽古。昨日の道成寺で力を使い果...</summary>
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      朝から松濤にて申し合わせ、午後は東京のお弟子さんの稽古。昨日の道成寺で力を使い果たしたせいか終日体がつらい。 

      
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   <title>広忠舞台日記　10月5日</title>
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   <published>2008-10-26T05:00:45Z</published>
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   <summary>観世会別会にて「道成寺」シテは岡久広氏。小生にとって29回目の道成寺となる。  ...</summary>
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      観世会別会にて「道成寺」シテは岡久広氏。小生にとって29回目の道成寺となる。 
観世会別会の真ん中は「江口  干之掛」シテは木月先生で大鼓は亀井忠雄。別会で親子で御役を頂戴致す名誉！！ 父の江口の後見を勤めた後に道成寺を打たせて頂く。 江口の干之掛の小書附き。笛は藤田六郎兵衛氏・小鼓に観世新九郎氏、手揃いによる序之舞は聞き応えがあった！ 親父が昭和16年、藤田氏が昭和28年、新九郎氏が昭和40年、巳年による響演。上手いこと世代が別れての舞台はなかなかバランスが取れてて佳い舞台に仕上がる傾向が多いのです。世代が別れてるからこそ生まれる舞台上の緊張感。  やはり六郎兵衛さんは私は現在の笛方の中で最高の笛を吹かれる方だと思います。決して情感に流されることなく、舞台上の空気を受け止めた上での超絶技巧。謡を受け止め、大小鼓を咀嚼した上での御自身の笛、こんな笛方はなかなかいらっしゃいません！ 

さて道成寺。今日は格闘しながらの道成寺で終わったような感じでした。女性の強い情念を表すのであらば、情念を力で示すのが我々世代の演り方。しかも「獅子」のような動物的本能でもって訴えかけるのではなく、あくまで女性の執心として。ここの所が難しいのです。それには根本的な「力」がないと！準えただけの表面的技巧は安っぽいものなのです。 

29回道成寺を経験したからこそ言えるのは、やはり亀井忠雄の道成寺には足元にも及ばないということです。だからこそ追求する価値のある曲だと言えるのでしょう。 
      
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   <title>広忠舞台日記　10月4日</title>
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   <published>2008-10-25T05:00:13Z</published>
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   <summary>梅若橘香会にて大曲「木賎」（シテ梅若万三郎氏）を勤める。老男物の大役で老女物に匹...</summary>
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      梅若橘香会にて大曲「木賎」（シテ梅若万三郎氏）を勤める。老男物の大役で老女物に匹敵する格式を持つ大曲。このような曲を与え許して頂けた万三郎先生に感謝！！ 
老女（男）物は我々能楽師にとって道を極められるかどうかの判断の基準を促す道しるべとなる曲趣。自分はいさ知らず、笛は一噌仙幸氏に小鼓・幸清次郎氏、大先生方に囲まれての晴れがましくも有り、緊張しつつもありの大舞台！！！ 
とにかくこのような小僧に大役を与えてくだすって、本当に有り難かった。

      
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   <title>広忠舞台日記　10月3日</title>
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   <published>2008-10-24T05:00:35Z</published>
   <updated>2008-10-24T05:00:41Z</updated>
   
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      観世会別会の申し合わせ「道成寺」。夕方から国立能楽堂の養成研修所にて若手の稽古。夜は梅若能楽学院へ行き川口晃平君及び書生さん達の稽古をつける。終了後川口君を伴い遅い夕食。 

      
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   <title>広忠舞台日記　10月2日</title>
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   <published>2008-10-23T05:00:07Z</published>
   <updated>2008-10-23T08:09:35Z</updated>
   
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      朝国立にて梅若万三郎氏の「木賎」の申し合わせ。昼過ぎから自分の稽古をしてから浅草にある宮本卯之助商店へ行き大鼓の革を購入しに行く。 もうだいぶ風邪が治ったので夜はマラソンで皇居一周。
      
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   <title>広忠舞台日記　10月1日</title>
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   <published>2008-10-22T05:00:17Z</published>
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      朝9：00に家を出て長野県の駒ヶ根氏へ車を走らせる。駒ヶ根文化会館にて浅見真州氏主催の会。昼は地元の学生を対象にした学生能で浅見慈一氏の「羽衣」。夜は本公演で浅見真州氏の「砧」を打つ。運転し夜中に帰宅。 

      
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   <title>広忠舞台日記　9月28-30日</title>
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   <published>2008-10-21T05:00:33Z</published>
   <updated>2008-10-21T05:07:58Z</updated>
   
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      9/28（日）
ござる乃座三日目を国立で勤めた後松濤へ行き木月先生の御社中会にて舞囃子6番を打たせて頂く。 

 9/29（月）
先週から患っていた風邪が本格的に悪化し病院へ行き点滴を打って頂く。夜は茂山千作先生の文化勲章受賞のお祝いの会で、サントリーホールにて茂山逸平氏の「三番三」と茂山七五三氏の「髭櫓」を勤める。 

9/30（火）
療養の為昼過ぎまで寝る。夕方から国立能楽堂の養成研修所にて若手の稽古。 
      
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   <title>傳左衛門日記　10月18日</title>
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   <published>2008-10-20T12:00:55Z</published>
   <updated>2008-10-21T08:23:13Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.sankyokai.com/">
      <![CDATA[今月の平成中村座は仮名手本忠臣蔵の通しである。日によってプログラムは異なるが、大序は必ず演じられる。
歌舞伎に於いて忠臣蔵の大序は、能の「翁」に相当する。儀式であり、変えてはならないものの一つだ。
幕を開けるのに、「天王立下り端」という囃子を打つ。これは三段形式で、キザミという手法を各段毎に三つ、五つ、七つと所謂「七五三」に打っていく。
この囃子に合わせて、狂言作者さんは四十七士に合わせ析を四十七発打つという口伝が有る。それ以上打ってますよね、とよく突っ込まれるが、あれは天王立の囃子に合わせてゆっくり打つのが四十七発で、あとは幕に合わせて早めて打つのである。ちなみに天王立の中で析を打つ箇所も決まっている。
昨今の一座の中では、この幕開きが長過ぎるといって、七五三を省略し七三と二段形式にさせる所もあるが、少なくとも我が田中社中には絶対にそれをさせない。仮名手本忠臣蔵の大序を崩す事は歌舞伎囃子を崩す事である。歌舞伎も含め何でもテンポアップの時代だが、やはり守り伝える事も重要である。
さて、幕が開くと置鼓という小鼓を打つ。これは必ず家元か、一座の囃子の責任者、"立鼓"といわれる者が打つ。僕は若輩ながら、随分させていただいている。
これも七五三に打つのだが、ここでは細かい説明は控える。必ず紋付袴を着用する口伝が有る。確かに前方端のお客からは見切れるが、他の演目でもよく有る事だ。
これは儀式性を重んじる為と、出打ち、即ち出て演奏していた時代が長く有った為である。
ゆっくり幕が開くにつれ動かず、開くほんの瞬時だけ音を調節し、打つ。難しい。昔の方々はこの置鼓だけを打って帰ったというが、この緊張感、難しさ、なるほどと毎度思う。
「The Diver」に出ていたキャサリン等英国人キャストとスタッフが観に来た時、口を揃えて大序が素晴らしかったという。東洋趣味じゃなくて？って笑ったら、そんな事では無いと一喝された。幕開き、置鼓(僕の声が聞こえたと騒いでいた(笑))、東西声の儀式から義太夫の置き、魂が入って…義太夫や役者の台詞の意味は解らないが、一人一人のキャラクターがはっきり出る素晴らしい演出で、あの50分と解説書を読めばあとのドラマが容易に想像出来ると言っていた。
やはり大序はまだまだ奥深い…

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   <title>広忠舞台日記　9月27日</title>
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   <published>2008-10-20T05:00:10Z</published>
   <updated>2008-10-20T06:20:29Z</updated>
   
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      喜多流青年能「枕慈童」シテは塩津圭介氏。次に谷本健吾氏の玄人会旗揚げ公演・煌の会「葵上」シテは谷本健吾氏。谷本君とも芸大の一期違い。銕仙会入りを勧めたのも小生だし、やはり舎弟のような思いが彼にはある。 「立派になられて！！」なんておこがまし過ぎるが、御自身の努力でお客様・演者を集めての会を一人でされるようになられるご苦労はよく分かるからこそ「大したもんだ！」と思う。 

      
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   <title>広忠舞台日記　9月25・26日</title>
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   <published>2008-10-19T05:00:04Z</published>
   <updated>2008-10-19T05:36:45Z</updated>
   
   <summary>9/25（木） 喜多流青年能の申し合わせをしてから耳鼻咽喉科へ行き喉の調子を診て...</summary>
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      9/25（木）
喜多流青年能の申し合わせをしてから耳鼻咽喉科へ行き喉の調子を診て頂く。 夜はござる乃座二日目に出勤。 

9/26（金）
木月先生の御社中会の申し合わせ。夜は代々木果迢会「三井寺」を打つ。 
      
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