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2008年10月 アーカイブ

2008年10月06日

広忠舞台日記 9月8日

パリ公演出発。アムステルダムを経由してパリに20:00頃到着。乗り継ぎ地のアムスで茂山家と合流。 シャルルドゴール空港から迎えのバスに乗りホテルへ。宿はパリ市内のリヨン駅隣のメルキュール。 チェックイン後近くのカフェで結団式を行う。メンバーは茂山逸平を団長に茂山七五三・茂山あきら・茂山正邦・茂山宗彦・茂山茂・茂山童司・井口竜也・藤田貴寛・上田敦史・亀井広忠。 ビールとワインをしたたかに飲んだ。0:30には寝て時差をとる。

2008年10月07日

広忠舞台日記 9月9日

この日は舞台は無しだが、午後は日本大使館へ表敬訪問に伺う。それ以外の時間はパリの好きな場所を訪れてきた。パリは今回で17回目。その内4回はプライベート旅行で訪れている程、世界中で一番好きな場所である。 今日はサンジェルマンデプレ・オデオン・サンミッシェル・シテ島と廻り、グランエピスリードパリで買ったシャンパンをセーヌ河沿いでノートルダム寺院を見上げながら飲む。贅沢なひととき。
夕方近くに大使館を表敬訪問した後シャンゼリゼ通りのカフェで皆でお茶を飲んだが、場所柄かなり高い! コーヒー一杯9ユーロなんだから驚く。滞在してるホテルの近くで4~5ユーロなんだから、やはりパリの中でも値段の上下はあるのだろうか?? シャンゼリゼのルイヴィトン前のカフェだから、そりゃ世界中から金持ちが集まる場所ではあろうが… なんて会話を茂山家の皆さんと話ながら。

夜は団員全員でコンコルド広場近くのビストロで茂山茂の誕生日会を開く。茂33歳の誕生日。 ホテルに戻って宗彦・逸平の部屋で部屋飲み。海外公演の慣例としてこの部屋飲みというのも楽しみの一つ。

2008年10月08日

広忠舞台日記 9月10日

朝10:00に待ち合わせて茂山宗彦氏と買い物に出掛ける。もっちゃんとは8年前くらいに観世榮夫先生団長のパリ公演でご一緒し、その時も毎日二人で街を廻った。その時の思い出話に花を咲かせながらマレ地区やリヴォリ界隈を巡る。自分に似つかわしくない洋服等、もっちゃんに見立てて頂いて購入した。昼の13:00にホテルを出発して公演会場となるエスパース・ピエールカルダンへ向かう。文字通りカルダン氏所有の劇場で、アメリカ大使館の目の前にある。 リハーサルを一通り終えて夜20:00開始の本番まで4時間近くあるので、藤田君を伴いサントノーレからガルニエ界隈を散歩しながらラーメン屋に入り夕食を食べる。それからマドレーヌ近くのパッサージュの中にあるカフェで小休止。2時間前には楽屋へ戻り、舞台の支度。

曲は「三番三」「二人袴」「濯ぎ川」の三番に猿唄の祝言付き。幕間にロビーでレセプションが有り日本酒の振る舞い酒があった。
公演終了後ホテル近くのビストロへ行き打ち上げ。

2008年10月09日

珠響~たまゆら~ チケット情報

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公演詳細に関しましてはこちらをごらんくださいませ。

◆御入場料(税込)=SS席¥15,000/S席¥10,000/A席¥7,000
◆前売開始日=10月17日(金)
◆チケット取扱
 MOBAアカデミア  03(3263)0748(電話) ・ http://www.mobaaccademia.com/(PC)
 イープラス     http://eplus.jp (PC・携帯)
 三響會        http://www.sankyokai.com/tamayura/(PC)

◆お問い合せ=MOBAアカデミア 03(3263)0748

皆様のご来場を心よりお待ちしております。


広忠舞台日記 9月11日

朝ゆっくりめに起床し、ブランチを食べにサンシュルピス教会前から裏路地に入ったイタリアンへ行く。多分パリで一番美味いイタリアンかと思われる「サンタルチア」という店。5年前くらいからパリに来たら必ず行く店の一つ。今日で最終日なので好きな左岸を中心にパリの街を徘徊して回る。ギャラリーらファイエットのカフェでばったり藤田君に出会う。
夜の公演終了後、出演者及びスタッフでバスティーユにあるビストロで打ち上げ。思えば4泊毎晩飲みっぱなしであった。これも茂山家らしい! ホテルに戻ってまたまたもっちゃん・逸平ちゃんの部屋で二次会。 団長の逸平君は本当にご苦労様でした! おかげで大変に楽しい海外公演を過ごす事が出来ました。メンバーが大好きな茂山家の皆さんだからストレスもなく、気持良く舞台を勤めることが出来たと感謝致しております。

「珠響~たまゆら~」結成!(傳次郎日記)

ようやく秋の企画「第二弾」が発表できました。プレミアムコンサート「珠響~たまゆら~」です。

30代になり、一人の音楽家として今、何ができるか、これから何をすべきかを考えていた時、同じく30代のそれぞれ異なるジャンルで活躍している音楽家達と出会いました。
彼らと共に演奏を競い合い、高め合う。そんな舞台への挑戦ができないものかと考えて、このコンサートを企画しました。

「珠響」とは、宝である「珠」が触れあう、わずかな時間のこと。
我々音楽家、そしてお客様の魂に、音楽の力が響き合う、そんなひとときをお送りしたいと考えています。 ご期待下さい!

2008年10月10日

広忠舞台日記 9月12日

朝7:00にホテルを出発しシャルルドゴール空港へ。帰りもアムステルダム経由で成田へ戻るルート。アムステルダムのスキポール空港はとにかく広く飲食も買い物する場所も豊富にある。空港内のカジノで更に打ち上げをする。

関空組と成田組に別れてそれぞれ帰路につく。時差の関係で到着は翌日の朝になる

珠響ウェブサイトオープン!

昨日公演概要を発表させていただきました
プレミアムコンサート「珠響」ですが、
本日、公式サイトをオープンさせていただきました。
http://www.tamayura-stage.com/

このウェブサイトからも、メールをお送りいただくことで
チケットのご予約をお申し込みいただけるようになっております。
(受付は、10月17日(金)よりとさせていただきます。)

尚、三響会倶楽部の会員のお客様には、
本日郵送にてお申し込みに関するお知らせを発送いたしましたので
そちらからお申込みいただけますよう、お願い申し上げます。

また、お席の数に限りがございますため、
すべてのご希望に添いかねる場合がございます。
あらかじめご承知置きくださいませ。

さて、珠響公式サイトでは、メールマガジンを発行させていただくことにより、
よりスムーズにお客様へ公演のお知らせを差し上げたく準備を進めております。
11月1日より、ご登録の受付を開始致しますので、こちらもご期待下さいませ。

2008年10月11日

広忠舞台日記 9月13日

朝10:30頃成田に到着。 自宅に昼過ぎに戻る。急いで支度をして横浜能楽堂へ。それから玉川高島屋へ行き、高島屋の屋上で薪能、銕之丞氏の「松風」を打つ。睡魔と格闘しながらの舞台。

傳左衛門日記 10月10日

世田谷シアタートラムでの「The Diver」も残り四日間。あっという間である。連日の舞台から本当に多くを学んだ。
言葉と音の関係は歌舞伎のような古典演劇にとって最も重要である筈なのに、長きに渡って繰り返し上演するうちに、俳優音楽家双方が考証を怠っている作品もある事に気付いた。「The Diver」の舞台は日々緊張感を保ちつつ、大変こなれている。舞台に"こなれ"は重要だが"小慣れ"は怖い。改めて思い知らされた。
野田さんはつくづく不思議だ。小さな身体の何処にあの強さを秘めているのか。「The Diver」は舞台の下手に大太鼓やドラ等々の道具を置いているのだが、野田さんが声を張るとドラが共鳴する。野田さんに言ったら「それが本当のドラ声?」と余裕のオヤジギャグが返ってきたが、鍛練なさっている自信の表れだろう。

2008年10月12日

広忠舞台日記 9月14・15日

9/14(日)
観世九皐会にて「鵺」 シテは古川充氏。

9/15(祝)
国立能楽堂開場二十五周年記念能 「船弁慶 遊女之舞」シテは本田光洋氏。

傳左衛門日記 10月11日

シアタートラム「The Diver」残り三日。英国人の皆さんは、もうすぐ終わる淋しさと、国に帰れる喜びとで結構テンションが上がっている。
昨日の晩御飯をご馳走になったキャサリンのお兄さん夫婦が今日も観にいらした。キャサリンの楽屋での表情も舞台での演技も程よくリラックスしている。皆さん本当に家族を大事にする。源氏役のハリーも家族が来日してから格段に上がった。
終演後はほぼ連日野田さんにご馳走になっている。LONDONの時もそうだった。一宿一飯の義理というが、しっかり義理を果たして行かねばならない(笑)
大体は誰か英国人がいるが、今晩は久々にALL日本人。いつも野田歌舞伎で衣裳を担当されるひびのさん、妻夫木聡さん、皆さん大変に気さくで野田さんのトークも冴え渡り、本当に楽しかった。

2008年10月13日

広忠舞台日記 9月16日

9:00より銕仙会稽古能「三井寺」シテは小早川修氏。その後の曲が銕之丞先生の「雷電」で従兄弟の亀井洋祐が勤めたのでこれの監督にあたる。

稽古能終了後13:30開演の東京宝塚大劇場公演「ザ・スカーレット・ピンパーネル」を観に行く。二度目! やはり宝塚は二回観に行かないと面白さが分からないと思う。私の隣の席のご婦人に話しかけて頂き色々と宝塚のお話を伺えた。「私は春日野八千代さんがトップの頃からなので、も50~60年宝塚を見続けておりますのよ♪」と仰られてました!! まだ一年にも満たない小生としては頭が下がる思いである。そのご婦人はこの「スカーレット~」を計6回ご覧になられると仰るので、宝塚ファンの凄さを改めて思い知った。まだあと三ヶ月残っているが、今年一番の演目はやはりこの「スカーレット・ピンパーネル」かと小生も思います。やはり安蘭けいさんは抜きん出てらっしゃる!トップとしての実力に裏打ちされた余裕と懐の深さ、組み子さん達に対する温かさを感じます。こういったのを「スケールの大きさ」と言うのでしょう。 素晴らしい作品と共に演者様方に巡り会え大満足の星組公演に酔いしれました。

2008年10月14日

広忠舞台日記 9月17・18日

9/17(水)
桐生のお弟子さんの出稽古に伺う。

9/18(木)
朝国立能楽堂に行き、親父と友枝昭世先生の「三輪 神遊」の申し合わせを拝見に伺う。洋祐の稽古をつけ自宅に戻る。本来ならば午後から東京のお弟子さんの稽古だったが、台風の進路が心配な為に稽古を取り止めて夜に博多に急遽入る。

2008年10月15日

広忠舞台日記 9月19・20日

9/19(金)
午前中ゆっくりと寝て、観世元伯 氏と昼御飯を食べに中洲へ出る。夕方から博多の大濠公園能楽堂にて申し合わせ。夜は観世家元の主催の夕食。河豚をご馳走に預かった。有り難かった!

9/20(土)
福岡観世会、「俊寛」シテ今村嘉伸氏 「葛城 大和舞」シテ 観世芳伸氏。

2008年10月16日

広忠舞台日記 9月22日

野村萬斎氏の舞台にて11:00より申し合わせ。 13:30より松濤にて岡久広氏の道成寺の下申し合わせ。 17:000より和久荘太郎氏の御社中会の申し合わせに参る。申し合わせ(リハーサル)三ヶ所掛け持ちはある意味本番よりキツイ!

2008年10月17日

広忠舞台日記 9月23日

矢来能楽堂にて和久荘太郎氏御社中会。和久君とは芸大同級生の大親友の間柄。名古屋から出てらして宝生宗家の内弟子に入り、気を吐いて精進し続ける和久君は本当に立派だと思う。

傳左衛門日記 10月13日

シアタートラム「The Diver」千穐楽。去年夏のワークショップから続いたカンパニーともお別れで、毎日の楽器チェックや皆さんのアップを見るのも、開演前に流れているBeatlesを聞いて「Yesterday」になったらスタンバイするのも最後である。
キャサリン・ハンターさんは僕との作業を「音楽家とここまでAct together(共に演じる)出来るのは世界にも例が無く、日本の伝統の底力を知って、本当に良い経験だった」と言ってくれた。
日々変わる俳優の心情に則して、或いは音や声によってそれらを引き出し、共に一つの芸術を創り上げる事が舞台音楽の役割だが、僕ら歌舞伎囃子は能ほど抽象的でもなく西洋の舞台芸術ほど音楽的でもない。毎月違うプロダクションで歌舞伎役者相手にライブで鍛え上げられ、抽象的だろうと音楽的だろうと、求められた音はどんな物でも全て出す「歌舞伎囃子方」の特色、野田さんが僕に着目して下さったのも、その点だったようだ。
反対に野田さんやキャサリンのように音楽家と呼吸をやり取り出来る俳優は歌舞伎でも一握りで、僕にとっても大変刺激的な仕事だった。
残念ながらスケジュールの都合上、LONDON公演では録音を使用したが、次回機会が有れば是非ライブでやってみたい。
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2008年10月18日

広忠舞台日記 9月24日

親父の「清経」の後見を勤め、夜は野村萬斎氏の会「ござる乃座」にて素囃子と歌仙の狂言のアシライを勤める。

2008年10月19日

広忠舞台日記 9月25・26日

9/25(木)
喜多流青年能の申し合わせをしてから耳鼻咽喉科へ行き喉の調子を診て頂く。 夜はござる乃座二日目に出勤。

9/26(金)
木月先生の御社中会の申し合わせ。夜は代々木果迢会「三井寺」を打つ。

2008年10月20日

広忠舞台日記 9月27日

喜多流青年能「枕慈童」シテは塩津圭介氏。次に谷本健吾氏の玄人会旗揚げ公演・煌の会「葵上」シテは谷本健吾氏。谷本君とも芸大の一期違い。銕仙会入りを勧めたのも小生だし、やはり舎弟のような思いが彼にはある。 「立派になられて!!」なんておこがまし過ぎるが、御自身の努力でお客様・演者を集めての会を一人でされるようになられるご苦労はよく分かるからこそ「大したもんだ!」と思う。

傳左衛門日記 10月18日

今月の平成中村座は仮名手本忠臣蔵の通しである。日によってプログラムは異なるが、大序は必ず演じられる。
歌舞伎に於いて忠臣蔵の大序は、能の「翁」に相当する。儀式であり、変えてはならないものの一つだ。
幕を開けるのに、「天王立下り端」という囃子を打つ。これは三段形式で、キザミという手法を各段毎に三つ、五つ、七つと所謂「七五三」に打っていく。
この囃子に合わせて、狂言作者さんは四十七士に合わせ析を四十七発打つという口伝が有る。それ以上打ってますよね、とよく突っ込まれるが、あれは天王立の囃子に合わせてゆっくり打つのが四十七発で、あとは幕に合わせて早めて打つのである。ちなみに天王立の中で析を打つ箇所も決まっている。
昨今の一座の中では、この幕開きが長過ぎるといって、七五三を省略し七三と二段形式にさせる所もあるが、少なくとも我が田中社中には絶対にそれをさせない。仮名手本忠臣蔵の大序を崩す事は歌舞伎囃子を崩す事である。歌舞伎も含め何でもテンポアップの時代だが、やはり守り伝える事も重要である。
さて、幕が開くと置鼓という小鼓を打つ。これは必ず家元か、一座の囃子の責任者、"立鼓"といわれる者が打つ。僕は若輩ながら、随分させていただいている。
これも七五三に打つのだが、ここでは細かい説明は控える。必ず紋付袴を着用する口伝が有る。確かに前方端のお客からは見切れるが、他の演目でもよく有る事だ。
これは儀式性を重んじる為と、出打ち、即ち出て演奏していた時代が長く有った為である。
ゆっくり幕が開くにつれ動かず、開くほんの瞬時だけ音を調節し、打つ。難しい。昔の方々はこの置鼓だけを打って帰ったというが、この緊張感、難しさ、なるほどと毎度思う。
「The Diver」に出ていたキャサリン等英国人キャストとスタッフが観に来た時、口を揃えて大序が素晴らしかったという。東洋趣味じゃなくて?って笑ったら、そんな事では無いと一喝された。幕開き、置鼓(僕の声が聞こえたと騒いでいた(笑))、東西声の儀式から義太夫の置き、魂が入って…義太夫や役者の台詞の意味は解らないが、一人一人のキャラクターがはっきり出る素晴らしい演出で、あの50分と解説書を読めばあとのドラマが容易に想像出来ると言っていた。
やはり大序はまだまだ奥深い…

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2008年10月21日

広忠舞台日記 9月28-30日

9/28(日)
ござる乃座三日目を国立で勤めた後松濤へ行き木月先生の御社中会にて舞囃子6番を打たせて頂く。

9/29(月)
先週から患っていた風邪が本格的に悪化し病院へ行き点滴を打って頂く。夜は茂山千作先生の文化勲章受賞のお祝いの会で、サントリーホールにて茂山逸平氏の「三番三」と茂山七五三氏の「髭櫓」を勤める。

9/30(火)
療養の為昼過ぎまで寝る。夕方から国立能楽堂の養成研修所にて若手の稽古。

2008年10月22日

広忠舞台日記 10月1日

朝9:00に家を出て長野県の駒ヶ根氏へ車を走らせる。駒ヶ根文化会館にて浅見真州氏主催の会。昼は地元の学生を対象にした学生能で浅見慈一氏の「羽衣」。夜は本公演で浅見真州氏の「砧」を打つ。運転し夜中に帰宅。

2008年10月23日

広忠舞台日記 10月2日

朝国立にて梅若万三郎氏の「木賎」の申し合わせ。昼過ぎから自分の稽古をしてから浅草にある宮本卯之助商店へ行き大鼓の革を購入しに行く。 もうだいぶ風邪が治ったので夜はマラソンで皇居一周。

2008年10月24日

広忠舞台日記 10月3日

観世会別会の申し合わせ「道成寺」。夕方から国立能楽堂の養成研修所にて若手の稽古。夜は梅若能楽学院へ行き川口晃平君及び書生さん達の稽古をつける。終了後川口君を伴い遅い夕食。

2008年10月25日

広忠舞台日記 10月4日

梅若橘香会にて大曲「木賎」(シテ梅若万三郎氏)を勤める。老男物の大役で老女物に匹敵する格式を持つ大曲。このような曲を与え許して頂けた万三郎先生に感謝!!
老女(男)物は我々能楽師にとって道を極められるかどうかの判断の基準を促す道しるべとなる曲趣。自分はいさ知らず、笛は一噌仙幸氏に小鼓・幸清次郎氏、大先生方に囲まれての晴れがましくも有り、緊張しつつもありの大舞台!!!
とにかくこのような小僧に大役を与えてくだすって、本当に有り難かった。

2008年10月26日

広忠舞台日記 10月5日

観世会別会にて「道成寺」シテは岡久広氏。小生にとって29回目の道成寺となる。
観世会別会の真ん中は「江口 干之掛」シテは木月先生で大鼓は亀井忠雄。別会で親子で御役を頂戴致す名誉!! 父の江口の後見を勤めた後に道成寺を打たせて頂く。 江口の干之掛の小書附き。笛は藤田六郎兵衛氏・小鼓に観世新九郎氏、手揃いによる序之舞は聞き応えがあった! 親父が昭和16年、藤田氏が昭和28年、新九郎氏が昭和40年、巳年による響演。上手いこと世代が別れての舞台はなかなかバランスが取れてて佳い舞台に仕上がる傾向が多いのです。世代が別れてるからこそ生まれる舞台上の緊張感。 やはり六郎兵衛さんは私は現在の笛方の中で最高の笛を吹かれる方だと思います。決して情感に流されることなく、舞台上の空気を受け止めた上での超絶技巧。謡を受け止め、大小鼓を咀嚼した上での御自身の笛、こんな笛方はなかなかいらっしゃいません!

さて道成寺。今日は格闘しながらの道成寺で終わったような感じでした。女性の強い情念を表すのであらば、情念を力で示すのが我々世代の演り方。しかも「獅子」のような動物的本能でもって訴えかけるのではなく、あくまで女性の執心として。ここの所が難しいのです。それには根本的な「力」がないと!準えただけの表面的技巧は安っぽいものなのです。

29回道成寺を経験したからこそ言えるのは、やはり亀井忠雄の道成寺には足元にも及ばないということです。だからこそ追求する価値のある曲だと言えるのでしょう。

2008年10月27日

広忠舞台日記 10月6日

朝から松濤にて申し合わせ、午後は東京のお弟子さんの稽古。昨日の道成寺で力を使い果たしたせいか終日体がつらい。

2008年10月28日

広忠舞台日記 10月7日

宝生流宗家継承能。宝生和英新宗家の「翁」で父が大鼓を勤め、その後見に参る。宗家継承能はその御流儀の一大事、宝生流総力を上げられての大きな催しであった。
千歳・武田孝史、笛・一噌庸二、小鼓・幸清次郎、大鼓・亀井忠雄、三番三・山本東次郎という最高位の格式を持つメンバーを従えての和英家元の翁大夫振り、大変に立派であられた!亀井忠雄の揉み出し、見事の一言!切れがあり柔らかく軽やかで力強い。自分が憧れ続ける亀井家のお家芸を久々に聞かせて頂いた。

和英家元のお父様、先代宗家の宝生英照先生には幼少の頃より大変にお世話になった!和英氏の千歳・鷺・烏帽子折の時には必ず小生に御役を与えて頂き、こちらが18歳の頃より毎年宝生会で英照先生のシテでの舞台を勤めさせて頂いた。祖父の亀井俊雄は明治の宝生九郎氏の直弟子、御当代を入れ5代に渡るお付き合いがあることになる。和英宗家とは生きている限り、本当に長いお付き合いになることかと思われる。
翁の後、ジムへ行き一時間ばかり走り、夜は日比谷シティ特設広場にて薪能「恋重荷」を梅若六郎先生のシテにて勤める。
夜は野村萬斎氏からお誘いを頂き、観世元伯氏や宝生流の辰巳満次郎氏らと神楽坂で飲む。

2008年10月29日

広忠舞台日記 10月8日

午前中喉の調子を診て頂きに通院。昼は国立にて翁の申し合わせ。夜は日比谷シティ薪能二日目、香川靖嗣氏の「殺生石 女体」を勤める。残念ながら天候が怪しかった為、雨天会場である日比谷公会堂にて行う。薪能はやはりその雰囲気が大事な舞台演出効果を生む為、中(雨天会場)で演るのは演者にとってもお客様にとっても非常に残念なことなんです。



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