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広忠舞台日記 4月25日

申し合わせで能二番と囃子8番ほど打ってから松濤へ行き関能会「忠度」の本番。シテは関根祥人氏。祥人さんは私の15歳上の学校の先輩でもあり観世の家元とは同級生にあたられる。家元の生涯のライバルと言われる方で今の中堅世代では間違いなくトップを走られてて、梅若晋矢さんと共に注目を一心に受けられる方でしょう。また曲が忠度という名曲中の名曲でシテが関根祥人、燃えない訳にはいかないでしょう?!

忠度は修羅能の中では異質な曲趣かと思われます。戦物語主体よりも、軍人よりも歌人としてのプライドが強く、戦に出掛ける前に藤原俊成のもとまで出向き勅撰和歌集に自分の和歌を入れてほしいと頼む。死後も尚俊成卿と縁のある僧の前に現れて俊成卿の子息である藤原定家に頼んでもらいたいという芸術家としての執念が曲のテーマとなっています。そしてその曲全体を覆うのが和歌と花なのです。歌人として後世にまで名を留めたいという忠度のアーティストとしての執心が我々役者の心を揺さぶるのです。
忠度を作るにあたっては世代によって異なるかと思われます。初めて打ったのは15歳の頃でしょうか? 10代20代の頃はとにかく修羅能としての基本を踏まえた強い演奏法をとり、30・40代では花と和歌を念頭に置いた柔らかみのある演奏法、50代半ば頃からは今一度初心に帰り強く演奏する。強さのみが全面に出る今の自分の年代では忠度を作るのは難しいのです。武人と歌人両方備わってないと。一昨年拝見した三川泉先生と親父の忠度のなんと素晴らしかったことか!! 80歳過ぎの三川先生の若やいでいること!父もそれに応えて激しく演奏するがうるさくなく、気合いと柔らかみの絶妙な融合が何とも言えない素晴らしい仕上げになっていました。正に老木に花の咲く如し、能には果てあるべからず。若いうちに到達出来ないからこそ一生を掛けてやる価値のある芸能だと思うのです。

なので今日の祥人さんとの忠度、自分としてはまだまだ不本意。激しく打って柔らかい芸境はまだまだ先があります。その為の現在なのですから。

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