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2008年04月 アーカイブ

2008年04月01日

広忠舞台日記 3月24日

傳次郎氏が自宅を訪問、母親と三人で一時間ほど打ち合わせや雑談。 ジムへ行って走り狂言劇場夜の部へ。 終了後、銀座のとあるスタジオへ向かう。亀治郎氏主演の芝居“風林火山”の劇中に使う音楽を録音する為に☆ 我々三人兄弟の大小太鼓を録音して参りました!!亀ちゃんも立ち会っての緊張感と笑いのある録音でした。こうして三人兄弟揃っての演奏は昨年10月の三響会以来なので改めて新鮮味を感じることも出来ましたね!
どんな仕上がりかは亀ちゃんの風林火山を御覧頂いてのお楽しみに☆
録音終わって23:30過ぎに帰宅。風呂へ入ってから一杯頂きながら雪組さんの「エリザベート」のDVDを観る。トップの水さんのこの世のものならぬ妖しく鋭い眼光が強烈な印象!! やはり役者はこうでなくちゃ♪トートという役を借りて自分の生き様を舞台に露出させる・自分の魅せ方を心得てらっしゃる水さんの役者魂に脱帽!

2008年04月03日

広忠舞台日記 3月26日

馴れない連続公演の疲労が喉に来初め耳鼻咽喉科へ午前中通院。やはり萬斎氏の体力とバイタリティには恐れ入ります! 普段からの節制の仕方も見習う点が多いですね!!
通院後はパブリックシアターへ直行、14:00からの狂言劇場。 今日の囃子方は一噌隆之氏・吉阪一郎氏・小生に観世元伯氏の組み合わせ。素囃子(囃子のみの演奏)の曲目はその日に皆で集まってから組み合わせを決めていくというジャズセッションにも似た形式。初日から今日で早や6日目、毎日違う曲目をメドレーで演奏している。本日は道成寺組曲を演った。道成寺の世界観を囃子の演奏のみで紡いでいく三響会でもお馴染みの組曲。

終演後はすぐ自宅に戻り一時間ほど仮眠。体に気合いを入れるべくジムへ行き10kmほど走り込んだ。 流れる汗と共に風邪も飛んだ模様。家に戻り夕食の後、明日の獅子虎傳の道具(楽器)や着物の支度をする。この支度(準備)の作業は舞台人にとってかなり大切な仕事。場(能楽堂や劇場等)を考え、演目を考え、共演者を考え、お客様を考え乍ら鼓や着物を選んでいく。舞台に対する心構えをこの段階で作っていく訳ですね!!

今宵は早めに寝て明日に備えないと。三響会同様、我々がメインに立つ大舞台ですから。 観に来て頂けるお客様方、明日は何卒宜しくお願い申し上げます!

2008年04月04日

広忠舞台日記 3月27日

世田谷パブリックシアターにて、芸術監督の野村萬斎氏企画による邦楽囃子コンサート“獅子虎傳阿云堂”の日。承りは我々三響会。14:00・19:00の二回公演で11:30楽屋入りの12:00から場当たり兼リハーサルを行う。番組立ては全て田中傳次郎による構成。傳次郎氏の進行によりスムースな流れで場当たり終了。傳左衛門氏も小生も傳次郎氏に仕切りを全て任せているので、演奏にのみ集中出来るので助かっている。 今回の番組は

1.囃子レクチャー
2.舞踊「松の翁」  立方 中村梅枝
3.「三番三」   シテ 茂山逸平
4.「天請来雨」  英哲風雲の会
5.舞踊 「供奴」  立方 尾上青楓
6.素囃子「獅子」

という構成。
自分はレクチャー・三番三・獅子だけで助かったが、弟さん方は舞踊2番多く演奏している分大変だったと思う。

茂山逸平・尾上青楓両氏とは5年前に「伝統芸能の若き獅子たち」という催しで何回か組まさせて頂いて以来の親友達。公私共に仲良くさせて頂いてることもあり、同窓会みたいで楽しかった!中村梅枝さんは私の母と傳左衛門氏に囃子を師事されてらっしゃり、尚且つ傳次郎氏の弟のような間柄。よって我々三兄弟とも近しく他人のような気がしない。

そのようなメンバーではありますが舞台に上がると話は別。親しいからこそ凌ぎを削る勝負に変わる、舞台で生きている者同志の共有意識。
最近お客様の前でお話する機会もだいぶ増えてきた。まだまだトークは苦手な方ですが、あまり緊張しないように、お客様に失礼のない範囲で“ ユルく” やるように心掛けてます。緊張し過ぎると言葉も出てこないですからね!!

さて、肝心の演奏そのものは如何でしたでしょうか!? それはお客様のご判断に委ねさせて頂きます。しかし1日に獅子とサンバ(我々の世界では三番叟を略してこう呼んでおります。)を二回ずつ、思ってたよりもきつうござんした。

青楓くん・逸平くん・梅枝くん、皆様本当によくやって頂きました! そして英哲風雲の会の方々、これはリアルにご覧になられた方はその演奏の凄まじさをよくお分かり頂けたかと思います。 今現在和太鼓の団体は全国で2万グループ程あるのですが、風雲の会の師匠の林英哲氏こそが和太鼓の頂点に立つ演奏者。その英哲さんの元で直接鍛えられて共に演奏活動をしている英哲風雲の会、和太鼓グループでは日本一、いや世界一の演奏をする方々です。和太鼓には我々伝統芸能の世界のような流儀制度・家元制度のシステムがなく、玄人素人の区別なく演奏活動をしていると聞いております。誰でも自由にユニットを組んで演奏できるのは魅力でもありますが、逆説を言えば伝統芸能の世界のような芸事を取り締まる、プロフェッショナル同士のジャッジメントもないと言えます。 鬼太鼓座の創立メンバーであり現在の鼓童を設立する流れを作った林英哲氏と風雲の会のメンバー、彼らこそが世界一の和太鼓奏者の集まりと小生は認識致します! この日も改めてその凄まじい修練から成り立つ超絶技法をまざまざと魅せつけられました。有り難い!本当に素晴らしい刺激を与えて頂きました。

傳左衛門日記 3月27日

「獅子虎傳」公演。同世代の気の合った仲間がゲストに来て下さるのは毎度刺激的だ。今回は同じ年、月生まれの舞踊家尾上青楓、狂言の茂山逸平・童司、歌舞伎の中村梅枝の各氏。特に、小学校の頃から稽古に来ている梅枝さんが、こうやって僕らの仲間に入るようになったのが実に感慨深い。公演も楽屋ノリのゆるいトークと、真剣"勝負"の舞台のギャップがよく出ていたと思う。特に英哲風雲の会の皆さんの真剣さに皆刺激を受けた。
昼夜公演の間がかなり長かったので、広忠さんの誘いで出演者で食事に行く。
「何処に行くの?」「ギョーザ」何故ギョーザ…。
しかも広忠さんは本当に際限無く注文する。未だ夜公演有るんだけど、ね??
終演後”当然”深夜迄打ち上げ。

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2008年04月07日

2月の舞台より(傳次郎日記)

2月は博多座の花形歌舞伎公演に参加しておりました。
今回の座組みは片岡愛之助氏・市川亀治郎氏・中村勘太郎氏・中村七之助氏と
三響會ではお世話になっているメンバー…!他にも中村獅童氏・市川男女蔵氏・中村亀鶴氏と若手中心の座組み。
同世代とあってみなさんとも気心知れた仲ですが舞台はやはり真剣勝負!若手中心とはいえ責任公演でもある訳ですからいつもとは違った雰囲気でした。
そんな気合溢れる舞台もお客様に伝わったのか連日満員御礼、夜の部の最後にはカーテンコールでお客様も総立ちと素晴らしい公演となりました。
地方公演ではホテルが多いのですが、博多では知人の経営しているウィークリーマンションを紹介していただき1ヵ月間滞在していました。マンションも去年の夏にできたばかりで、お風呂にテレビやスチームサウナが付いていたので快適な生活でした。
博多では公演の後は必ず毎日ジムに行き、走ったり泳いだりトレーニングしていました。
東京だと公演の他に三響會の打ち合わせや色々な会社にイベントの会議に行ったりと…中々自分の時間がないので地方公演で体を鍛えたり体重管理をしたりしています。
仕事もプライベートも充実した1ヶ月となりました!

2008年04月08日

広忠舞台日記 3月28日

朝、喜多能楽堂にて安宅の申し合わせ有り。その後パブリックシアターにて狂言劇場。あと二日間公演は残っておりますが自分は今日でおしまい。リハーサルから入れて実に9日間パブリックさんに通った。歌舞伎の方はこれが25日間通う訳だから大変なことですね!!狂言劇場終了後萬斎氏と6月の能楽現在形パブリックシアター公演の演出方針を話し合う。今年の能は舎利、6/20/21/22 の3日間です。 乞うご期待!

2008年04月09日

広忠舞台日記 3月29日

宝生能楽堂にて朝倉俊樹氏の御社中発表会。 なんと能2番と囃子8番!! いやぁ~、流石に手が壊れました(泣) 舞台続きでしたしね。
明日が心配です。

2008年04月10日

広忠舞台日記 3月30日

喜多能楽堂にて大村定氏の会、安宅を打つ。手が壊れている上に安宅という終始どつき回しの大曲、半ばやけくそで打ってました(泣) 一発打つごとに激痛が手を襲うんですからね~!! 正直、このような状態の時は正に“決死の覚悟”なんです。大鼓を打つ以上は、この痛みが一生付きまとう訳です。

安宅を終えて掛け持ち。椿山荘にて桜間右陣氏の新作能その名も「椿」。本来は椿山荘の素晴らしい庭園に新設された水上能舞台にて演る筈であったが雨天の為会場は椿山荘の中で演った。残念です! 萬斎氏も狂言劇場千秋楽を終えてからの掛け持ちで見えてました。流石にお互いに疲弊しきって気力のみで勤めた!といった感です。

2008年04月11日

広忠舞台日記 3月31日

連続公演が体に障ったか、本来は玄人稽古をする予定でしたが一日寝込んでしまいました。起きたくても体が動かない! 悔しいもんです。

2008年04月12日

広忠舞台日記 4月1日

青山の稽古能で長山桂三氏の善界を打ち、武田稽古能で小鍛冶を打つ。夜は19:30頃より梅若能楽学院にて書生さんの稽古をつける。まだまだ体は戻らない。明後日は能楽現在形の本公演なのに困った!

2008年04月13日

広忠舞台日記 4月2日

朝10:00より能楽現在形の申し合わせを水道橋にて。朝一から宝生の延年と藤戸。体の調子もあるが、お互いのアンサンブルが良ろしくないとの萬斎氏からの指摘あり。いつも乍ら彼の主観客観両方併せ持つ意見は非常に参考になる。宝生の延年は我が葛野流最高の奥伝(奥義)即ち流儀の誇り。更なる昇華を求める為には萬斎さんのような重みを知っている役者からの指摘が何よりも大事。申し合わせ終了後一噌氏、成田氏を伴って神楽坂で昼食を摂りながら今一度延年の意見交換をする。

午後は体をなんとか元に戻す為通院。喉も体も痛みきっているらしい。しかし明日は宝生の延年、家に戻って稽古し直す。流儀の誇りを守る為です。

2008年04月14日

広忠舞台日記 4月3日

朝10:00より日本武道館にて法政大学の入学式で浅見真州氏の羽衣を打つ。10代の方々にいきなり羽衣のような本格的な能を見せるのはいささか抵抗もありますが、この中の何人かでも能に興味を抱いて欲しい!という思いが沸き起こりました。
家に戻って一時間半ばかり仮眠してから宝生能楽堂へ。能楽現在形の本番です。
本日のゲストのシテは宝生流の金井雄資氏。 安宅の延年の舞囃子と藤戸の能を舞って頂きました。延年と藤戸、気力を外に解放する曲と内面に込めて外側に露出させる曲。一見真逆のようでありながらこれらの技法は善悪のごとく繋がっているものなのです。
昨日の日記に書かせて頂きましたが、やはり宝生流の延年之舞という小書(特殊演出)は亀井家代々の重みとでも申しましょうか、なかなか一言では語れませんし、客観的にも見ることが出来ないものです。常に舞台はそうあって然るべきですが、この延年こそが正に「命懸け」で臨まないと成り立たない曲なのです。とにかく使う気力体力が尋常では無い。演劇には空気や肉体の“弛緩”というものが必ず出てきます。ところが延年では緩む所が全く無い。いきなりMAXで始まり、更に肉体精神の緊張を上げていく。その緊迫感の持続と高揚によって成立する小書なのでやはり開演前はnervousな状態でした。 結果はお客様によって印象は変わるでしょうが、位(ペースや格調)的には何とか無事に勤めおおせたといった感でしょうか!? 宝生の延年は教科書のような音源が残っていて、シテは近藤乾三先生、笛が藤田大五郎先生、小鼓が幸祥光先生、大鼓が私の祖父という、今で考えればレジェンド達による名演が残っております。奇しくも本日の金井・幸弘・成田・広忠というメンバーはこのレジェンド達の孫弟子に当たる訳です。感慨深さもあり、敗北感もあり、“これからは俺達が延年を受け継ぎ作っていく!”といった気負いもあり。 伝承とは常に比べられる残酷さに身を晒されながら続いていくものだと思います。批評というものは心無い意見ばかりが多いですが、やはり舞台に立っている役者同士が一番分かっているのではないでしょうかね!? 受け継ぐ重みと現在の自分というものは。

終わってから現在形メンバー及びプロデューサーの土屋恵一郎氏の4人で夜中の2:00過ぎまで反省会。久々にお互いに長く熱く本音の語らい。親友ではなく志を共有する盟友たち。ある意味では親友を超えた付き合いと言えるでしょう。幸ちゃんにたけちゃん(萬斎さん)、本当に有り難い、得難い二人です。

2008年04月15日

3月の舞台より(傳次郎日記)

3月は歌舞伎座の序幕「春の寿」と新橋演舞場の「ヤマトタケル」に参加。

歌舞伎座では久しぶりに傳左衛門氏と舞台が一緒で、太鼓で歌舞伎公演の出囃子に出るのも久しぶりでした。。。最近は小鼓で出演する機会が多く、今年も太鼓の役は少ないかも(汗)!近年の歌舞伎公演の多さと一昨年に祖父の一番弟子の田中傳兵衛が亡くなったのが重なり傳左衛門氏と共に公演に参加する機会も減ってきました。

また「ヤマトタケル」は初演では先輩が作調されたのですが、再演のバージョンは自分が作調させていただきました。猿之助さんは18歳から担当させていただき、本当にかわいがっていただき、たくさんの作品を勉強させていただきました。生意気だった若造を抜擢していただき、それに応えるための勉強や挑戦、葛藤、自分にとって最も有難い青春時代だったと思います。またスーパー歌舞伎に参加させていただいたおかげで今日の三響會の演出もあるのだと思います。スーパー歌舞伎の“夢見る力”や“ロマンの病”(作品観た方しかわからないかも…)はたいせつなメッセージです。猿之助さんとも久しぶりに稽古場でお会いでき笑顔で挨拶してくださり、ホントに尽くしてよかった!って思いました。4月は博多座、5月は大阪・松竹座、6月は名古屋・中日劇場なので是非ともご覧ください。(最後は宣伝!)

2008年04月16日

広忠舞台日記 4月4日

靖国神社で夜桜能、宝生流の杜若の澤辺之舞を打つ。今年はだいぶ桜が残っててくれて嬉しい限り。materialな美ではないnaturalな空間の中での舞台はやはり心地いい! にしてもやはり手の痛み・体の悲鳴と格闘中…

2008年04月17日

広忠舞台日記 4月5日

梅若能楽学院にて山村庸子氏の御社中の発表会。囃子4番に能の羽衣。 能の小鼓が北村治先生に太鼓が金春惣右衛門先生という人間国宝お二方に挟まれる。終始緊張ではあるが何だか懐かしい感覚を覚える。金春先生は初舞台から勉強させて頂いてる先生。そして幼稚園の頃から亀井忠雄・北村治という大小鼓のゴールデンコンビに憧れ見て育ってきた小生。金春先生に北村先生という、親父とは違い舞台の上で直接お相手願い鍛えて頂いた先生方に挟まれての舞台。これに藤田大五郎先生が加わったら完膚なきまでに叩きのめされるというパターンが多かったですね!? 実に居心地のいい、有り難い舞台をさせて頂きました。まだまだ先生方には教えを頂戴したい!

但し終わって家に戻ってから全く体が動かなくなりました。燃え尽きたのでしょうか!? 体も頭も働かないし動けない… 生きているレジェンド達に全て吸い取られたみたいです(笑)

2008年04月18日

広忠舞台日記 4月6日

金春会にて富山禮子氏の西行桜を打つ。西行桜を本番の舞台で打たせて頂くのは三回目(稽古能ではもっと打ってますが)、一度目は高橋章先生で二度目は宝生英照先生でした。西行のような老女物に準ずる曲は我々のような若手にはなかなか廻ってこないものです。同類曲に遊行柳という曲がありますが、テクニカルな遊行、存在の強さを示す西行といった所でしょうか!? とかく技術的に処理の難しい所が魅力的な曲構成となっております。山姥のような超自然の世界観とは違いますが、私が目指す西行は厳しさの中に一抹の春の暖かみ、都の絢爛の桜を心の中に幻想し乍ら打たせて頂く、といったところでしょうか!?

終わってから観世能楽堂へ行き家元の恋重荷を拝見に伺う。囃子方は松田弘之・観世新九郎・亀井忠雄・金春惣右衛門、ワキに宝生欣哉、地頭に野村四郎の諸氏。見応えがありました。亀井忠雄や金春惣右衛門先生が囃子にいるだけで舞台が引き締まる。我々若手が望んでも出せない「芸位」の高み。 観に行って本当に良かったと思います。

2008年04月19日

広忠舞台日記 4月7日

朝宝生にて近藤乾之助先生の熊野の申し合わせをして夕方からお弟子さんの稽古日。合間にジムに行き相変わらず走る。

2008年04月20日

広忠舞台日記 4月8日

国立能楽堂にて玄人稽古をした後、梅若能楽学院へ行き書生さんの稽古。終わったのが22:00近かったので出前を取って彼らと能の話をしながら遅い夕食。

2008年04月21日

広忠舞台日記 4月9日

今日は皇居一周走って体を目覚めさせる。夜は近藤乾之助先生の試演会で先生の袴能(装束を付けずに紋付・袴姿で舞う形式)「熊野 膝行三段之舞」を打たせて頂く。この膝行三段之舞の小書も延年・澤辺と並ぶ宝生名物の小書。今月は三つも宝生の小書を打たせて頂く機会に恵まれた。我が葛野流は江戸時代は宝生座付(宝生流専属の大鼓方)ということもあり、祖父の亀井俊雄は明治の宝生九郎師の弟子ということもあり、宝生流とは非常に縁の深い流儀です。乾之助先生の父君の近藤乾三先生の熊野の膝行三段の時には私の祖父がお相手していたり、伝承のありがたみと重みを痛感しながら打たせて頂く喜びを噛み締めながら舞台に臨めました。「乾之助ワールド」と呼ばれる師独特の世界観が舞台と客席を覆い尽くす。もう80歳近い御年にも関わらず強靭な肉体と精神力に終始しびれっ放し! 私の恩師も仰ってたことですが、役者の根底は明るくなければならない。死生観から生の光を求める・突き進むエネルギーが舞台に満ち溢れてなければいけないと常々仰いました。齢80近くにしてなんと生命力に溢れてらっしゃることか!! 乾之助先生の世界にご一緒させて頂ける有り難さで満たされた夜でした。
笛は一噌庸二先生、小鼓は大倉源次郎先生、先生方の胸を借りて勤める機会にも恵まれました。まだまだ教えを乞うことが多いからこそ伝承のこの世界が楽しいのです。

2008年04月22日

広忠舞台日記 4月11日

申し合わせと新作能の稽古と夕方は日経新聞の取材。

2008年04月23日

3月27日獅子虎傳阿吽堂 Vol.4(傳次郎日記)

今年も世田谷パブリックシアターでの企画公演をさせていただいた。

パブリックの芸術監督であられる、野村萬斎氏と広忠さんとの縁で企画された公演で、“純粋に音楽が主体となり楽しめる公演が出来ないか”との要望で始まった公演です。

三響會以外で三人が揃う公演は少なく、獅子虎傳はその中でも珍しくトークがあったり楽器レクチャーがあったりとお客さまに近い距離で楽しめる公演です。トークは進行台本が無く、本番前に軽い打ち合わせしかないのでいつもスリルある内容です。まぁ台本作らない私が悪いのですが…いつもの事でスタッフの方すみません。。。

獅子虎傳では毎回ゲストは我々と同世代の方を呼んでいて、今回は尾上青楓さん・茂山逸平さん・中村梅枝さん・英哲風雲の会のメンバーたちと楽しく一日を盛り上げました。

青楓さんや逸平さんとは10年以上の仲なので舞台の上でのトークは敬語に抵抗があり(笑)、梅枝さんは我が家とは役者としても、またお稽古に来られている縁もあり、この様な共演は嬉しく思います。いま20歳という若さで「松の翁」という大曲に挑戦していただいたが舞を見ていて踊りに対しての丁寧さや品格が出てきたと思いました。

また、この公演で楽しみにしていたのは英哲風雲の会のメンバーが参加してくれたことです。兄たちのブログにも書いてありますが、林英哲さんのもとで修行され国内や海外ツアーにも出たりと大太鼓奏者として第一線で活躍されているグループです。

以前、私と共演した縁で今回は強引に引っぱってきた感じですが、たくさんの方々に彼らの舞台を観ていただき、それに加え芸に対する直向きな姿勢や努力。ご覧いただければ伝わる情熱。私もただ感心して頭が下がります…。これからも英哲風雲の会とは色々な場所を設け競演していきたいと思っています。

3月は歌舞伎座と演舞場公演に参加して、その他にも芝雀さんの会や片岡千之助君のイベント公演、勘十郎さんの会の稽古に5月の三響會の打ち合わせや秋の企画公演などの打ち合わせで予定がパンクしていたので、4月の金毘羅歌舞伎での温泉が楽しみです!!!!


広忠舞台日記 4月12日

熱海のMOA美術館にある能楽堂にて宝生流田崎隆三氏の「巴」を打つ。

2008年04月24日

広忠舞台日記 4月13日

宝生会にて新宗家・宝生和英氏の「春日龍神」を打つ。 和英氏が宗家に就任されてから初めて舞われる能なので、私の気持ちの中では新宗家御披露目の気持ちで打たせて頂いた。思えば和英氏の初シテ・千歳・獅子・鷺・烏帽子折と節目になられる曲は殆ど打たせて頂いた思い出がある。御恩に報いるべく、大鼓という微力な立場ながら少しでも新宗家のお力になれるよう力になれたらと思う。
舞台を重ねるごとに力を付けられていく和英氏を頼もしく思います。

2008年04月25日

広忠舞台日記 4月14日

群馬県桐生市へお弟子さんの出稽古に出る。

2008年04月26日

広忠舞台日記 4月15日

浅見真州氏と梅若晋矢氏の御社中の会(我々は略して素人会と呼んでおります)の申し合わせの掛け持ち。能4番と舞囃子3番、結構な番数!!
終えて最終便の羽田発で広島空港へ。バスに乗り継ぎ広島駅から電車で宮島口へ。到着は23:00頃でしょうか!? 夜の宮島口はなかなか寂しいものがあります。 明日は桃花祭という宮島の御神事能、毎年前日の最終便で宮島口まで来て泊まるのがこの10何年の習慣になってます。 宮島コーラルホテルのBARで軽い寝酒を飲んで就寝。

2008年04月27日

広忠舞台日記 4月16日

7:00に起床、フェリーに乗って宮島に渡る。生憎の雨だが、朝のフェリーに乗って宮島へ向かう時は爽やかな気分にもなるし御神事に向けて気も引き締まるものです。 毎年4/16から三日間この御神事能が催され、自分は毎年初日を受け持たせて頂いております。18歳から来てますので、今年で15年目になりますね~!!奉納舞台というものは神様に向けての祈りの舞台、我々芸能者の原点がここにはあるのです。なので仕事とというよりは責務と思ってこの桃花祭には毎年参加させて頂いております。
初番の翁 附 養老 を弟子の原岡一之が勤め四番目の枕慈童を広島在住の葛野流で私の兄弟子に当たる三王清さん、自分は二番目三番目五番目と打たさせて頂きました。久々に一日に能三番も打ちましたよ!! 真ん中の曲は源氏供養という曲で小鼓は横山晴明先生でした。横山先生と大倉源次郎先生、正に日本一の小鼓方だと思います。動の大倉先生に静の横山先生、対照的に見えるお二方ですが、調子・掛け声など実に強く、体の中に流れ息使いの強さは共通されてるかと思います。それにお二方とも実に「深い」ところで能を囃されてらっしゃる。表層的派手やかさだけで決して囃さない。曲柄を正しく捉え、小鼓の「分」というものをわきまえて舞台に存在されてらっしゃる。有り難くも大倉先生とは夫婦のごとくよく組ませて頂き勉強させて頂く機会に恵まれてますが、横山先生は年に2~3回あればいいくらいにお相手願う機会が乏しいのです。それに横山先生は上京された折には大抵父とのお相手ばかりですので… なかなか小生まで先生とのお相手は廻ってきません。貴重な横山先生との舞台を堪能しながら勉強させて頂きました。
横山先生こそが幸流小鼓の正統であられ、幸祥光先生の芸の本質を正しく受け継いでらっしゃる継承者だと思います。

この日は私の親友の大島衣恵さんのお弟子さん方が観にいらしていまして、楽屋御見舞に日本一の穴子飯を差し入れとして頂戴致しました。何よりも嬉しい宮島の穴子飯、おかげで能3番乗り切ることが出来ました! 有り難かった!! 衣恵さんとの友情に感謝致しております。
広島発最終便で東京に戻る。

2008年04月28日

広忠舞台日記 4月17日

申し合わせ二ヶ所掛け持ち、井筒に松風、なかなかの大曲。

2008年04月29日

広忠舞台日記 4月20日

観世新九郎氏の御社中会にて井筒の能を打たせて頂く。その後は掛け持ちで飯田橋にある桜間右陣氏の舞台披キで石橋。飯田橋逓信病院の裏手にある御自宅の中にある能舞台。かなりご立派な御舞台に驚く!!

2008年04月30日

広忠舞台日記 4月21日

午前中稽古と打ち合わせを済ませて午後は楽しみにしていた宝塚宙組を観に行く。白州次郎・正子ご夫妻の物語でタイトルは「黎明の風」。まだ宝塚観劇5回目なもので、初めて専科の轟悠さんと宙組トップの大和悠河さんを拝見。轟さんの男役の美意識にシビレました! 歩き方・話し方・スーツの着こなし方、我々男では到底叶わない格好良さだと思います。大和悠河さん、役者で言えば市川海老蔵といったところでしょうか!? 彼女が登場しただけで舞台と客席が明るくなる、ハンパないスターオーラの持ち主だと思いました。次回の宝塚観劇予定は6月で月組公演の 「ME & MY GIRL 」を観たいと思っております。

宝塚の後は歌舞伎座へ直行、「勧進帳」一幕だけ観る。弁慶・片岡仁左衛門、富樫・中村勘三郎、義経・坂東玉三郎という観る前から期待せずにはいられない黄金の組み合わせ!! 小生はこの勧進帳にはことに思い入れが強い。一番初めに記憶しているのは尾上松禄丈の弁慶。客席からと黒御簾の中からと2回観た記憶があります(記憶のない頃には松本白鸚丈の弁慶も観ている筈ですが… 覚えてないんです)。
松禄さんの人間味の溢れるカッコイい男の弁慶は強烈に記憶してます。 また、黒御簾で観た時なんですが、おじいさん( 十一世 田中傳左衛門)が立鼓(囃子のリーダー)でして、幕切れと同時に裃を脱ぎながらもの凄い勢いで黒御簾に走って入り、最後の飛び六方の太鼓の芯を切って打っていました。小学校一年くらいでしたが、松禄さんとじいさんの正に一騎打ちとでも申しましょうか?! 普段は優しいおじいちゃまが血相を変えて黒御簾に飛び込んできて必死の形相で六方の囃子を打っている。あの祖父の顔を生涯忘れることはないと思います。

今になってあの時の祖父の姿を思うに、やはり我々は役者あっての囃子方・シテ方あっての囃子方なんだと思います。全て彼らの為の舞台であり演奏なのです。尾上松禄という役者の為に、勧進帳という曲の為に命を掛けて囃す我々囃子方の生き様だと思います。但し役者(シテ)の方も不勉強では困る。囃子方が命を掛けるに値する舞台を作って頂かねばお仕えする気も失せるという訳です。 囃子方のみならず舞台に関わる全ての人達を納得させる舞台を作って頂かないと舞台上の総合演出家としての主役は成り立たなくなります。
祖父のあの必死の形相は正に尾上松禄という主役の為に、勧進帳という曲の為に歌舞伎の為に命を掛けて囃していたんでしょうね?!

そんな囃子方としての「想い」が詰まった勧進帳、今までにもう何十回観ているか分かりませんねぇ~!松嶋屋さんの弁慶、素晴らしかったです!!! いわゆるスタンダードな弁慶の作り方をされてらっしゃる。押し出しもセリフも型も全てが立派! 色んな意見があるでしょうが、僕の好みは勧進帳のような古典中の古典のような曲は役者の感性でいじって欲しくない。曲の様式に身を任せて演じる演り方が好きなんです。現代性や演劇性というものは濾過されるものであって狙ってやってほしくないですよね?特に勧進帳のような古典の秀作では。その辺り松嶋屋さんはあれだけ現代的な役者さんが古格を守って力強い弁慶を魅せて頂いた。感心致しました!
観終わった後に大和屋さんの楽屋にご挨拶にお伺い致しました。先日拝見した熊野の話で盛り上がりました。玉三郎さんからは高校生時分の時から本当に可愛がって頂き、お話させて頂いてお教えを頂戴することが多いです。世阿弥の云う「離見の見」を舞台上で体現されている方ですからね。こうしてお話させて頂けるのも親兄弟・祖父のおかげです。

本日は歌舞伎と宝塚という二つの芸能を観られたという幸福に恵まれました。実は二つの芸能には大きな共通点があります。男が女を演ずる歌舞伎に女が男を演ずる宝塚。女の人に出せない女性の色気を出す歌舞伎に男に出せない男性の色気を出す宝塚という共通点があるんですよね~!? 歌舞伎の女形に宝塚の男役、正に理想的な男女の世界を描いているとは思いません??能の井筒にも似たような感があります。
自分の生きている世界以外のものに触れて影響を受けたときは何とも言えない幸福感に満たされます。そしてその幸福は自分の生きている能の世界にも影響を及ぼすのです。 明日の舞台への糧。



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