« 演目紹介「獅子」「一角仙人」 | メイン | 傳左衛門日記 10月8日 »

広忠舞台日記 9月9日

9月9日(日)

この日は大阪にて大槻文蔵先生の会。屋島の「大事」という小書(特殊演出)付き。
この「大事」、特に大鼓と小鼓にとっては複雑な手組み(=作調)のオンパレードで、後シテ(源義経の幽霊)の登場の音楽である「一声(イッセイ)」の替(カエ)ノ手組である「軍陣流シ(グンジンナガシ)」。シテが弓を落とす「弓流(ユミナガシ)」。海上に落とした弓を取りに行く「素働(シテハタラキ)」と、見せ場・聴かせ場がうまく入り組んでいる演出となっております。
屋島は勝修羅物と呼ばれる武将の勇ましさを強調した曲趣となっておりますが、私は修羅は悲劇であると思われます。死んでも尚戦い続けざるをえない修羅道の苦しみ。義経も梶原源太も頼朝も、皆悲劇的な最期を迎えています。
私が屋島で好きな場所は初同(ショドウ)(=地謡(ジウタイ)による一団の一番最初の合唱パート)之中の「旅人の故郷(フルサト)も。都と聞けば懐かしや。我らも元はとて。やがて涙にむせびけり」の部分。世阿弥が都にいるときの絶頂期に比べ、晩年の不遇な身の上を思うにつけ涙がこぼれる。という、まさに彼自身の境遇を曲に重ねている部分です。同じような方法を「鵺(ヌエ)」や「野守(ノモリ)」などの曲にも使っていますね。
この日の間(アイ)狂言には盟友の野村萬斎氏。
那須語(ナスガタリ)と呼ばれる、これも間狂言屈指の難易度の高い小書です。語りのメリハリがよくきいていて、自分も「お前に負けないぞ!後半は俺に任せとけ!」みたいな(笑)、曲の後半部分に向けて大いに奮い立たせられました。
それにしてもご自身の大切な発表の場であられる会にご指名頂いて「大事」なんて大変な曲を打たせて頂けた大槻文蔵先生に感謝いたしております。
大槻先生のすごいところは、その身体表現のバリエーションの豊富さ、曲に合わせた面装束の選定のセンスの良さがいつも伝わってまいります。
この日の先生の屋島はまさに悲劇の武将・義経でした!

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.sankyokai.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/7

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)